終章 そして伝説はつづく(7)
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「そうか……。寛大な処置に感謝する」
と、セ・ルスは頭を垂れた。両腕は後ろ手にされ、胸には結界縄が巻かれている。
もちろん装備は全てはぎとられ、布地の上下だけを身に付けていた。
フェルト・ウェア・ガルシア2世はセ・ルスの目前にまで進み出ると、アリアーデに合図をした。
アリアーデはその合図に従って、戒めを解いた。
「!? なにを――? 俺はお前たちを襲うと決めた張本人、戦争犯罪人だぞ?」
と、セ・ルスが驚きを隠せないでいる。
「ちゃんと話ができるじゃないか。そなたたちガベディレイラの状況は先に竜人族世界へと戻りその状況を見た竜人族の長、ゼーデ・イル・ヴォイドアーク公から聞いた。それに、そなたたちがこういった行動に出た理由もすでに聞き及んでいる。そなたも一国を束ねるものであるなら、まずは、我と言葉を交わしてみるのはどうだ?」
と、『英雄王』は相変わらずのその優しい笑みで言い放った。
「話だと? 侵略者たる俺の言い分など、何にも足しにはならんだろう。俺はただ、この世界や他の世界を我が物とし、ガベディレイラの繁栄を画策しただけだ。古来より、争い敗れれば奪われるは慣らい。とはいえ、今の俺にはもうこれしか無いがな!」
言うなり、セ・ルスは自身の右手に魔法で精製した氷の刃を現し、自身の胸にうちつけようとその腕を振り下ろした。
ザクゥ!
と、衝突音が響く。
そして、血が流れた。
「お前……、正気……か――!」
「ったく、そんなことだろうとは思ったよ。やはり、心の準備はしておくものだな――」
「くぅ、……なぜ止める!」
セ・ルスは自身の胸から流れる血と、『英雄王』の腕から流れる血が混じるのを見ながら、俯いた。
「『英雄王』――。少しばかり、芝居がかってませんか? 怪我を治すのはそれなりに魔力を消費するんですよ?」
ガルシア王の行動に少し溜息混じりに言い放ったのはアリアーデだ。
アリアーデは大方予想していた。
おそらくセ・ルスは自害を図るだろう。そして、『英雄王』はそれを全力で阻止するに違いない、と。
セ・ルスの精製した氷の刃は『英雄王』の右腕を貫き、セ・ルスの胸にまで到達したが、切っ先が胸に刺さっているのはほんの先端部分だ。致命傷にまではもちろん至らない。
アリアーデは、もし仮に「間に合わなければ」、その時は全力で回復呪文を編むつもりで準備している。
「――っ痛ぇ。さすがに竜人族のお姫様は気が強いんだな。ルシアスよ、よくもまあ、こんな女史と一緒になったもんだなぁ」
と、英雄王はニヤリと笑う。
『英雄王』のやや後方に控えていたルシアスが、
「まあな、コイツの気の強さは筋金入りだからな。俺ぐらい奔放な男じゃないと娶れる男なんてそうそう居ないだろうしな――」
と言いながら笑っている。
「くぅ! 腕を、腕をどけろ!」
「まあ、聞け! たしかにお前を生かしておくことは難しい。それは、人の所業において戦争は最大の「悪」だからだ。もちろん償ってもらう。だが、その前にやらなければならぬことの方が多い。だから、お前は、もう死んだことにしておく――」
「何を言っている?」
「この先我らは『闇』と戦わねばならぬ。それは我ら人族をはじめ他の四属世界には存在しなかったものだとは、創造神エリシアの言葉だ。その『闇』が存在したのはただ二つ、精霊族世界とお前たち魔族世界だけだ。我らはこの『闇』についてあまりに無知である。そして、頼みの綱たる精霊族世界はすでに世界崩壊がとどめられない状況まで陥っている。その為、『闇』への対抗戦力としては頼れないのだ。残るのはお前たち魔族どもだけだ。我ら『人類』は今や存亡の危機に瀕している。かつてない『闇』という脅威にさらされているのだ」
英雄王は未だ血を流しながら、セ・ルスの瞳を食い入るように見つめ語る。
「セ・ルスよ。そなたたち魔人族は長い月日をかけて「社会」を築いたという。『闇』の要素が他の世界の数倍もある世界でだ。それにはおびただしい犠牲があっただろうことは、俺にも容易に想像がつく。俺もお前も「王」である。そのような種族であるその「王」が、ただ単純に私利私欲のためだけに戦争を起こそうと考えるものではない」
「俺は――」
「もう言うな。お前の決断が間違いだったことは変えられない事実だ。そしてお前はその責任を負わなければならない。だから、「死んでもらう」。そして、さらに「生きてもらう」――」
「「死んで」、「生きる」だと?」
「さっきも言った通り、我ら『人類』はおそらく史上最大の脅威にさらされている。『闇』という脅威にだ。これに打ち克つためには、お前たち魔人族の助けが必要だ。だが、戦争犯罪人たるお前をただ生かすことは出来ない。これは、人類史上最大の犯罪だからだ。だから、お前の命、この『英雄王』フェルト・ウェア・ガルシアが預かることにする――」
「お、俺に何をしろと――」
「お前には、やって貰わねばならんことがあるのだと、そこの『ギルマス』が言うんでな――、あとはその青年から聞いてくれ。俺はお前の命を預かり、それをこの青年に預けることにする」
そう言われて一人の青年が進み出てきた。
「お前は――」
セ・ルスはその顔に見覚えがある。
あの驚異的な成長を見せ、自身の野望を打ち砕いた張本人、その一党のリーダーだ。
「セ・ルスさん、あなたの命は僕が預かることになりました。あなたの経験と知識を、今後の『闇』への対応のために役立てていただきたいと思っています。僕らはまだ『闇』がどういうものかを知りません。これからあなたにいろいろと教わりたいのです」
そう言うとその青年は、ガルシア王に負けず劣らずの無垢な笑顔で微笑んだ。




