終章 そして伝説はつづく(4)
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「『闇』の要素がない世界と、『闇』の要素が5つ分の世界――?」
ケイティが理解が及ばないといった風につぶやく。
それはそうだろう。
実際問題、その『闇』の要素があるなしで何が違うというのか?
それは創造者たる神にしかわからないことだ。
「――一見すると、バランスが偏っていて均衡がとれない世界になるのかとも思ったのですが、結果から言えば、この方法で当初はうまく機能していたのです。魔族世界以外の四世界には『悪』が存在していないのです」
とエリシアが言った。
「『悪』? 『悪』というのは何を指しているのです?」
と、アルが問う。
「すべての人類は『欲』というものを持っています。「向上」「探求」「求愛」「知識」「生存」「子孫繁栄」――。その『欲』は様々な対象に及び、自身や種族の繁栄を願う心です。そして、この『欲』があるがゆえに、人類は考え、悩み、行動し、前進することが出来るのです」
とエリシアが答える。
――ですが、これは『悪』ではありません。
「『悪』というのはもっと単純なものです。ただ単純に、人から「奪う」ことを欲する心です。その「奪う」《《対象》》が欲しいのではなく、「奪う」という《《行為自体に》》快楽を感じる心、それこそが『悪』なのです」
とエリシアは続けた。
わかりにくいかもしれない。
人族世界でも、自分の利益を追求するために人を陥れるものは実際存在している。例えば、アーレシア共和国の元代表メリド・ササや、レトリアリア王国の穏健派のものたちなどがその最たる例だろう。
しかしこれらは『欲深さ』故の行いであり、人を陥れて喜んでいるのではない。陥れた結果生まれる「果実」を望んで行う行動だ。
エリシアの言う『悪』とは、まさしくその行動《《そのもの》》に快楽や愉悦を感じる心ということなのだろう。
「それが、四属世界には存在しないのです。そして、魔族世界はそれが精霊族世界の5倍含まれているのですが、魔族たちも精霊族世界のエルフたちが成し得たようにこれを克服してくれました。方法はさまざまに及びましたが、『単純悪』に対して忌避する規範を確立し、「社会」を創生することに成功したのです――」
つまり、魔族たちもエルフと同様、一旦はこの『悪』を克服し、安定した「社会」を作り上げたということなのだろう。
「――ですが、やはり時と共に破滅への道へと舵が振れてゆくことになったのです。それが、破壊の神ゼルダの存在です」
エリシアは続ける。
「他の世界より多くの『闇』の要素をもった魔族世界には、『科学』ではなく、「ゼルダ」が誕生しました。いえ、正確に言えば、そもそも存在していたのですが、よりはっきりと具現化した形で現れるようになったと言えばいいでしょうか。ちょうど今私があなた方の前に存在しているように、ゼルダもまた魔族たちの前に存在を現したのです」
ゼルダは『闇』そのものだとエリシアは言う。
そうして、ゼルダは世界を破滅へと導くために魔族世界を侵食し始め、やがてその世界を飲み込み破壊するに至った。もといた世界を追われる形となるにあたり「魔族」に対して、ゼルダは一つの提案をした。
『他の世界を奪い、そこに移ればよい』と。
そして時空を超えて他の世界へ渡るべく、そのための力、魔巣生成術式が魔族の長に付与された。
その魔族の長こそ、ガべディレイラ帝国宰相セ・ルスだったのだ。
進退に窮したセ・ルスはやむにやまれず竜族世界に侵攻を開始し、これを手中に収めることに成功した。
しかし、ゼルダの要求はそこに留まらなかった。
『いずれこの世界も破壊する。さらに四属世界をも奪え』と、要求を突き付けたのだ。
「――そして、セ・ルスはこの世界を次の標的と定めたのです」
これが、魔族侵攻のすべての絡繰りである。
「そこまでの話は、ある程度理解できました。それで、この後世界はどうなるのでしょう? 昨日の黒い靄は世界の柱によって打ち砕かれたのでしょうか? ゼルダという神はもうわれわれ人類の前に姿を現さないのでしょうか?」
と、アルが問い返す。
「あの黒い『靄』は『闇』の要素が可視化したものです。そして、要素は拡散や集束はしても、消失することはありません。なぜなら、あれらは世界の構成物そのものなのですから――」
とエリシアが答えた。
昨日見た光景がすべてなのだとエリシアは言う。
つまりはこの「世界中」に拡散していったのだ。
今後は様々な形でこの『闇』の要素の影響が世界に現れるだろう。
「世界の柱の力によって、『闇』の要素が集束し実体化することは防げましたが、代わりに世界中に拡散し、様々なものに『闇』が浸透してゆくことになりました。おそらくは今後、人類の世界において、『悪』の心を持つものが多く生まれることでしょう。これまでそれが存在しなかった人類の世界において、それらは魔物と同様に人類の脅威となることでしょう。しかも、姿かたちは魔物のように異形のものではなく「ひと」のまま、行動はまさしく魔物かのようなものが生まれいづることになります――」
とエリシアは続けた。




