第10章 魔族侵攻(4)
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セ・ルスは祭壇に立ち、最後の決断の時に迫られていた。
大規模魔巣生成術式の展開には大量の魔素と、それを術式に転換するための媒体が必要となる。
通常、魔法を具現化するための媒体には術者自身の身体、もしくはその生命力を使用する。
しかしながら、その方法による術式展開には相当の体力の消耗が伴う。これまでセ・ルスはそれを自身の生命力を使用して行ってきたのだが、今回ばかりはそうはいかない理由があるのだ。
前回と違って今回は、セ・ルス自身が人族世界へ転移して、軍勢の指揮を執らねばならない。大規模魔巣を自身の生命力を削って展開してしまうと、昏睡状態に陥る可能性が高く、おそらく死なないまでも、行動不能に陥ることになるだろう。
(すまない、皆のものよ。こうするしか方法が無いのだ――)
セ・ルスは奥歯を噛みしめた。
今回媒体として使うのはこのガべディレイラ帝国の国民たちの生命力だ。
特定の誰かではない。不特定の皆から分割して供給させるつもりでいる。しかしながら、その量は決して少ないとは言えない。もしかしたら100名、いや1000名かそれ以上の人民の命が失われるやもしれない。
(皆の命、決して無駄にはしない――。許せ、帝国の未来のためだ――)
セ・ルスは祭壇に向き直ると大規模魔巣生成術式の展開を始めた。
帝国中に叫び声が響き渡る。
人民たちが生命力を吸われ、苦痛にもがく叫びだ。
その阿鼻叫喚の叫び声に応じ、帝国全土の街々から、魔素の奔流がセ・ルスの元へと収束してゆく。
そうして、その叫び声が一様の落ち着きを見せるころ、ついにそれが出現する。
――大魔巣。
その形はまるで巨大な門であった。
従来型の魔巣の様な洞窟型ではない。
いわば次元の壁を越える、『次元門』だ。
『全軍に告ぐ! これより人族世界侵攻を始める! おそらく敵はすでに陣容を整え待ち構えているであろう! この作戦には帝国の未来がかかっている! 失敗は許されない! 何としてでも人族世界を奪い取るのだ!』
その「地獄の門」の前に集結したガべディレイラ帝国軍10000の兵が、セ・ルスの言葉に応じて、鬨の声を上げる。
おおオオオオオォォォオオオオオ――!
その叫び声には、退くことが許されない緊張と必ずやり遂げるという強い意志が宿っていた。
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「来たぞ!」
ルシアスが叫んだ。
明らかに異常な量の魔素の反応がこの遺跡の中央塔に現れる。と、同時に、その塔を取り巻くがごとく魔族の軍勢が姿を現した。
「各隊に伝令! 『防衛線を維持せよ! 健闘を祈る!』――。さあ、始めようかぁ!」
ルシアスの言葉に、そばに控えていた妖精族の伝令隊が各隊へ向かって光の筋となり散っていった。次いで、ルシアスが右手を振り上げ、その手を前方に振り下ろした。
おおおおおおおおぉぉぉ!!
と、鬨の声を上げ、全軍が眼前の魔族軍へとなだれ込む――。
これに対し、出現したばかりの魔族軍の士気もすでに高まっている。すぐさま眼前に人類軍の兵士たちを見定めると、応戦態勢を取り、こちらも前線に向けて突進してくる。
数瞬後、二つの勢力が各地でぶつかり合った――。
人類軍と魔族軍が戦闘態勢に入ると、遺跡中が金属が打ち合わさる音と、叫び声と気合で満たされた。
初撃は人類軍に軍配が上がる。
人類軍たちの主力は冒険者たちだ。
彼らはすでに魔物どもとこれまでに何度も何度も切り結んできている。その度に自身の未熟さを知り、また、仲間を失い、そしてそこからさらに這いあがってきた者たちだ。対魔物となれば、これまでの経験値が違う。
確かに魔族軍の数は圧倒的だ。
だが、彼らの主力は主に、「小鬼」や「大鬼」であり、その中隊長的な立ち位置に居るのが「オウガ」だ。
塔の周辺のフィールドに出現した魔族たちの一番奥には、「黒騎士」が控えていると思われるが、今はまだ、その姿を確認できていない。
「――よし、いい出足だ。アル、いつでも行ける準備をしておけ、これは意外に早くお前たちの出番を用意できるかもしれんぞ?」
とルシアスが現況を見て、満足げな表情を浮かべた。
「補給、生命維持を怠るな! 各魔法士は生命維持優先――!」
と、再び伝令が飛ぶ。
前線で切り結んでいる冒険者たちに向かって、魔法士が放ったと思われる回復術式の魔素の奔流が流れ込む。
各冒険者たちの体に再び力がみなぎってくる。
前線が少し上がったように見えたその時だった。
敵部隊の後方に大規模な魔素の集束が見られた。
「――!! これは! まずい! 各隊回避、回避だぁ!」
カァ――!
と、一陣の閃光が突き抜けた。
おそらく何かしらの「魔法」だったろうか。
この閃光に巻き込まれたものがどれほどいたかは不明だが、前線にややほころびが生まれる。
「まずい! 前線が崩れると、乱戦になってしまう! そうなれば数の多いあちらが有利になって、戦況が傾くぞ!?」
ルシアスが、唇を噛んだ。
「ルシアァァァス! この用兵下手めがぁ! こっからは俺が指揮を執る! 各隊隊長に告げる! このダジム・テルドールの指揮下に入れ! いいかぁ! こっからが本番だぁ! 後詰の各国軍達よ聞けィ! 戦闘のプロの意地を見せろぉ! 相手は少しばかり姿が違うにすぎんただの兵士だ、臆するな! 突撃準備ィ―ー!」
怒号が遺跡全体に木霊した。
声の元をたどって「空」を見上げた人類軍がそこに見たものは、空中を浮遊する鳥のようなものだった。
いや、鳥というにはあまりに変な形の「乗り物」には、人影らしきものが跨っている。
そしてその大男が、『右手』を振り上げて檄を飛ばしていた。




