第9章 それぞれの果実(8)
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ルシアス・ヴォルト・ヴィントが長年待たせていたアリアーデとの婚姻を決意したのは、実はそれほど重大な何かのきっかけがあったからではない。
アリアーデが竜族の姫だということは、それこそ若かりしときに出会ってからずっと承知のことだ。
竜族というのは不思議な種族で、見た目は人族とほぼ変わらない。強いて言うなら、透き通るような白い肌と青い瞳が特徴と言えるが、身長や体重などの体格、また、生殖活動を行うための体の構造(直接的に言えば生殖器の形状のことだ)も全く人族と同じだ。
この問題について少し補足を加えるとすると、それは「ごく自然な理由」によるものだ。
これら五属世界の創造主は他でもないエリシア神であり、彼女(女なのかはわからないが?)は遠い将来互いの種族が交配可能となるよう創造しておいたからだということになる。
つまりは、人族、竜族、妖精族、亜人族、そして過去においての精霊族もすべて、もともとは同じ生殖器を備えているということだ。
当然、子も生せるし、出産もする。
もし、異種族間交配で子が宿った場合、大抵は双方の特徴を併せ持った混血児が誕生することになる。
「エリシア、そのう……なんだ……、例えば俺たちがそうなって、ああなったとき、子供は産むことが出来るのか?」
と、やや言いにくそうにエリシアに問うたのはルシアスだった。
「――いや、誤解はしないでほしいのだが、別に子がなせないなら結婚をやめるとか、例えば側室を持つとかそういう事を考えているわけではないんだが、俺が言いたいのは《《それ》》がこいつに悪い影響を与えないかって、そういうことだ」
「ルシアス、それって何のことよ。もう、はっきり言っちゃえばいいでしょ? ねぇエリシア、つまり、私とルシアスは性交をして問題はないのかとそういうことを言ってるのよ、この人は」
と、アリアーデが直接的に問いかけた。
『――そうねぇ、それはあなたたちに《《私から》》聞きたいことよ? どうなの? 特に問題は《《在った》》?』
と、エリシアは答えた。
この言葉が指し示す意味は、まさしくそういう事だ。
「な!? いや、それは――」
「ええ、全く問題なかったわ」
「アリアーデ、お前そんなはっきりと……」
「何を恥ずかしがることなのよ? あなたも私も充分に満足できたでしょう? それともあなたはそうじゃなかったの?」
「いや、それは、そうだが――」
『ふふふふ、ほら、もう答えは出てるじゃない。つまりはそういう事よ。――と言っても心配しているルシアスにしてみればはっきりと言ってほしいところなのだろうから言うけど、あなたたち五属を創造したのはすべて私です。当然異種族交配は視野に入っていました。安心していい子を産みなさい。恐らく、あなた方の子が世界史上初の混血児になることでしょう』
ルシアスはエリシアのこの言葉を聞いて胸のつかえが下りた気持ちになった。
ちなみにこんなことをエリシアに相談に行ったなんてことは、アルやレイノルド、ケイティなどには口が裂けても言えない。
そうして、聖歴167年1月初旬、全人類史上初の「混血児」が誕生したのである。
彼女の名前は、メルリア・ユルハ・ヴィントと名付けられた。
ミドルネームの「ユルハ」には竜族固有の古代語で『結ぶ』という意味があるらしいというのはアリアーデが言っていたことだ。
出産は初産という事もあってやや難産気味ではあったが、状況を聞いたルト(ガルシア王)とイレーナがあらかじめ王宮の助産師をソードウェーブに遣わしておいたことで、難なく無事に出産を終えた。
生まれた時は全く人族と同じどこの家庭にも生まれる赤子だった。
しかし、そこからが違った。
メルリアも半分は竜族の血を引いている。
ルシアスとアリアーデが心配していたのは、いわゆる『竜変化』のことだ。
竜族は自身の魔素を使って竜に姿を変えることが出来る種族である。これを「竜変化」と呼ぶが、メルリアもそれが可能だった場合、赤子のうちはそれを制御できないのではないかと思っていたのだ。
が、結論から言えば、この心配は杞憂に終わった。
赤子のうちのメルリアはまだ魔素含有量が大きくはなかったため、そもそも「竜変化」が発動する心配はなかったのだ。
しかし、新たな問題が発覚した。
「ルシアス、服がまた――」
「な!? またか!? 2カ月を過ぎたあたりからやたらと大きくなるのが速くないか?」
成長の速度が速すぎて、産着が袖を通らなくなるのだ。
「仕方ない。また新しいのを取り寄せよう。さすがに裸で転がしておくわけにはいかんからな――」
いったい何着の産着が用意されたことか。
それがようやく落ち着きを見せたころにはメルリアはもう人間で言うところの「子供」ぐらいの身体に育っていた。
そこまでたったの10カ月。
赤子として抱いていたのはわずか3カ月ほどしかなかった。
そんな、メルリア嬢であるが、彼女は将来冒険者ギルドにとってなくてはならない存在へと育つことになるのだが、その話はまたいずれどこかで機会があれば――。




