第9章 それぞれの果実(6)
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ユーフェリアは453歳になっている。
ユーフェリア・リュデイルイー。養父ルシュリオン・リュデイルイーは彼女に想いを託し、この世を去った。
ユーフェリアが450年以上の時を過ごした精霊族世界は時が止まったような世界だった。毎日がただ漫然と時間が過ぎてゆく。精霊族の者たちは生殖活動を行わないどころか基本的にはすべてがオートメーション化されており、人類は何もせずにただただ時間を過ごしている。
もちろん、食事がないわけではない。それに、排泄ももちろんだ。しかしながらたいていの精霊族は、高密度に濃縮された栄養剤を補給するのみで生命維持に必要な栄養を補給する。そうすれば、排泄も必要最小限にとどまるためだ。
しかし、ユーフェリアと養父ルシュリオンはそうはしなかった。
ルシュリオンは変わった人間だった。
もちろん種族内では一二を争う超超天才で、少しのエラーも起こすことはなかった。そういう面から第605代統一世界庁長官に選ばれたわけだが、その反面、自身の生活は「質素」そのものだった。
小さな木造の小屋に住み、畑を耕し、植物を育て、食事の主な部分は自作の野菜による料理だった。米は二人の主食だった。残念ながら、「肉」を食すことは出来なかった。「家畜」が存在しないのだ。それにより、タンパク質の大部分の摂取は栄養剤に頼るしかなかったが、それでもユーフェリアにとっては、養父の作る「料理」が毎日の楽しみだった。
そうやって451年もの長い時間を養父と共に過ごしてきた。
その家はルシュリオンの死と共に「処分」された。理由は、「管理」できるものがいなくなったためだ。
ユーフェリアが養父の病を知った時、継ぎたいと言ったが、ルシュリオンはそれを許さなかったのが原因だ。
「お前には、もっと大きな世界を贈ろうと思っている。これを拒否することは許さない。養父がお前に残すことが出来る最大で最後の贈り物だからだ」
そう、養父は言った。
そして、その後に続けて「想い」を託されたのだ。
「その上でさらにお前に試練を課すことになる。ユーフェリア、世界を拡げてくれ――」
「世界を、拡げる?」
ユーフェリアは養父の言っている意味が少し理解できなかった。
「――ああ、そうだ。この精霊族の世界はもうそれほど長くは持たないだろう。とはいっても、今のオートメーション装置が動かなくなるか、最後の精霊族が死に絶えるまでだから、まだ数百年以上はあるだろうが、それでも我らの長い歴史に照らせば残り少ないと言っても過言ではないだろう。その前に、今一度、精霊族は戻らねばならない……」
「戻る? どこへ戻るの?」
「太古の生活に、だ。私は統一王アルターに残るデータをくまなく調べ上げた。そして一つの結論を見た。それは残念ながら、我ら精霊族の発展は間違っていたという結論だ。しかし、今となってはもう我ら精霊族は戻ることは出来ない。人族、妖精族、亜人族の世界において我ら精霊族は生きてゆけないのだ」
「――? どういうことなのですか、お養父さま」
「我ら精霊族は、あれらの世界に存在する微弱な細菌に打ち勝てないのだ」
「細菌? それは何なのです?」
「目に見えない微細な生命体だ。それは基本的に単細胞で増殖速度が速い。残念だが、精霊族の体はその細菌に蝕まれると即座に病に感染し、生命の危険が生じることが分かったのだ」
「そんなに恐ろしいものが存在する世界なんですか?」
「いや、そうではない。我ら精霊族が弱いだけなのだ。向こうの世界ではわれらより文明も技術も劣る人類が普通に生活をしている。もちろん、生体の活動年数は我らよりはるかに短い。が、その人生はおそらく我らの何十倍も濃縮された密度の濃いものであるだろう。我らは今一度、それを取り戻さねばならない。いや、すでにそれは出来ないとわかっているのだ。精霊族はもう戻れないところまで来ている。だが、一人だけ望みを繋ぐものが残っている。ユーフェリア、それがお前なのだ」
「私が、望みを繋ぐもの――」
ルシュリオンはこの後衝撃の言葉をユーフェリアに告げた。
そしてそれがユーフェリアに課された最大で最難関の使命となるのである。
「ユーフェリア、お前は他種族と交わり、子を為すのだ。それがこの父がお前に託す望みだ。もちろん我々精霊族は生殖活動を行えない。その機能、いや、器官が退化により消失しているからだ。しかし、遺伝子を残し、子を為すことは出来るという結論が出ている。これについては後任の、次の長官に引き継いである。お前はその時が来たら、このことをその時の長官に相談すればよい。それまでに準備を整えてくれているはずだ」
「子を? 私が子を為すのですか?」
「そうだ。他種族の誰とでも構わない。お前が選び、愛した人物の子を為せ」
ルシュリオンはこれまで、ユーフェリアを自身の小屋で育ててきたのは、外の世界で生きてゆく体を作るためだと言った。細菌にある程度耐性を持っているはずだとそう言った。土に触れ、野菜を食し、排泄を行い、それをまた肥料として野菜を育てる。口から食物を料理として摂り、体内で消化し栄養を得る。そうして長い間生きてきたのは、この日を待っていたからだと言った。
「ユーフェリア、お前はこの世界から出て、人族の世界へ行くのだ。そこで、彼らと共に生き、精一杯人生を謳歌しろ。もし仮に愛する人に巡り合わなければそれはそれで構わない。ただ、毎日を精一杯生きて、笑って人生を過ごせ。それが父からお前への最後の贈り物だ――。お前を、冒険者ギルドマスター、アルバート・テルドールへ託そうと思っている。ユーフェリア、父はお前と過ごせた時間で充分満足だ。これからはお前が自分の人生を好きに生きるのだ」
ユーフェリアが精霊族世界を旅立つ、数日前の話だった。




