第9章 それぞれの果実(5)
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ルシュリオンさまが活動停止を迎えられた後、なかなかに大変だった。
ヒューメルン・ナイムショールは、自室のデスクの端末に向かってデータを出力するための準備を行っていた。
そろそろ人族の者たちが『魔素変換機』と『自走機』を開発し終え、新たな段階に移行する頃だろう、と、エリシア神からのお告げがあった。
この一年半ほどの間に、精霊族世界にも変革が訪れていた。
亡きルシュリオンの後を受け、代わって606番目の統一世界庁長官となった彼には、先代が残した職責を全うするという『超難易度事業』が課せられたのだ。
先ほど、エリシア神からのお告げと言ったが、それもこの事業の一つであった。ルシュリオンが生前に始めた事業は多岐にわたるが、おおむね二つのことに集約される。
一つ目は言うまでもなく、人族に対する技術提供だ。これは段階を追って徐々に高度な技術を提供できるよう準備を進めつつ行っている。
すでに、『自走機』についての設計図は人族の国際魔法庁を通じて送ってある。これには、妖精族の王リュシエルナ・グインズィーデルの協力があった。精霊族と妖精族の世界の間で「次元回廊」による交流が再開されたのだ。なおこれに対してミュルシーナの尽力があったのは言うまでもない。
そして二つ目が、エリシア神との交感だった。
もちろんこちらにも、国際魔法庁のイレーナと、ミュルシーナが関わっていた。
幸い、精霊族には『統一王アルター』が存在している。エリシアからもたらされた『媒体』――届けた本人のミュルシーナにはそれはただの金属板にしか見えなかったが――というものを届けるだけでこの件については事足りた。
現代風に言うなら、いわゆる「インストール」という方法だと思ってもらえばよい。
これにより、「統一王アルター」を通じて、長官であるヒューメルンがエリシアからの情報を受け取ることが出来るようになったという訳だ。
エリシアとしては、はなはだ俗世に関わりすぎているとも言えなくもなかったが、「摂理」の反動を受けようとも、残る四属世界だけは死守しなければならない。そうしなければ、「摂理」でさえ意味を失うだろう。
ここでこの「摂理」について語るとかなりの文量を割くことになるため、またの機会に譲ることにする。エリシア的に言うならば、『ギリギリOK』というところなのだろう。
(それにしても人族の技術の進歩は目を見張るばかりだ。我ら精霊族からの技術提供を受けているとはいえ、たった十数カ月で、自走機までも開発を成功させてしまうとは――。その探求心と忍耐は我らの数倍、いや、数百倍にも及ぶかもしれないな……)
と、ヒューメルンは考えていた。
あの、アルバート・テルドールという青年一人にはそれほどの力はないだろう。だが、あの青年には人を引き付ける何かがある。残念ながら我ら精霊族が遠い過去に失ってしまったものかもしれないそれが、今、四属世界の要になっていることは間違いがない。
――どうですか? 「冒険者ギルド」へ加入しませんか?
あの言葉を自分もわきで聞いていた。その言葉を掛けられた先代がとても穏やかな温かい表情をされたことを今も鮮明に思い出せる。そこには彼のまっすぐな思いが現れていた。
まるで爽やかに流れる涼風のように自然に、上下や老若のわだかまりもなく、ただ一心に、「あなたと一緒に生きたい」と彼は言った。
あの会談の後、ヒューメルンはルシュリオンから託されたのだ。
――ヒューメルン、世界を頼む、と。
今度彼と会うのはいつのことになるかわからないが、できうるならば自分も彼のように私心を振り払って一人の人間として彼と話しがしてみたい、とそう思っていた。
それに、ルシュリオンさまの娘、ユーフェリア・リュデイルイーのこともある。
ユーフェリアは精霊族最後の培養個体だ。事実上、彼女が「最後の精霊族」となる。その彼女は今、人族世界で生活をしている。おそらくある一定の年数ののち、ある問題が起きることになるだろう。それの解決策についても急がねばならないのだ。
そしてそれこそが私、ヒューメルン・ナイムショールの生命をかけた戦いになるだろう。
これまで培った精霊族の叡智を結集して、なんとしてでもこの問題をクリアしなければならない。
ただ、時間はまだまだある。
その前にやらなければならないことも多い。
(まずは、魔族の排除――。これが何よりも先決だ。そしてそれはまさしく、あの青年、アルバート・テルドールの双肩にかかっている――)
ヒューメルンは自身のデスクの上の端末を操作し、データの最終点検に入った。これが終わればついに、人族世界に『守護獣原機』が誕生することになるだろう。
自走し、目の前の敵を殲滅する殺戮兵器――ただそれのみを目的とした「カラクリ」――。
しかし、彼らなら、これを間違った方法には使うまい。
今は彼らを信じて委ねることにしよう――。




