第1章 魔術士の異変(3)
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「定期便」というのはいわゆる報告書のやり取りをする郵便のようなものだと考えてもらえばいい。
集荷配達を担当しているのは、妖精族のものたちだ。
実は、アルたちの北の遺跡の一件以降、妖精族たちが協力してくれることが決定した。
彼ら妖精族は高速飛翔という魔術式を展開できる。数人でバディを組めば、そこそこの重量のものを運ぶことが出来るが、二人ぐらいでも、小箱一つぐらいは軽く運べる。しかも、飛行継続距離はかなりのものだという。
そこで、ゲートを使った移動だけでは書簡のやり取りが不便だということで、この書簡の集荷配達を定期的に行うため、彼らの力を借りることになったのだ。
各国の国際魔法庁の支部と本部との定期連絡にこの『妖精便』が導入された。
これにより、各国で起きた不測の事態に、早期に魔法庁本部やアルたち冒険者ギルドが対応できるようになった。
とは言え、今はまだ3日に一度の便なので、通常郵便よりは若干早いという程度だが、それでも数日の短縮ができることは大きい。
緊急の場合、その日のうちにアルたちが現地を訪れることが可能なのだから、これまでのことを思うととんでもない時間短縮だ。
イレーナさまの話では、近いうちに妖精族たちの協力体制をさらに強化して、次元門なしでも緊急移動できる仕組みを構築しようと考えているらしいとのことだった。
「わたしたち、そろそろ帰らないと――」
「だよねー。今日の分を受け取ったらすぐに帰って来いって、そう言われてるもんねー」
「まぁまぁ、そんなに急がなくても、大丈夫ですよ。それより、このクッキーどうです? おひとついかが?」
リリアンは目の前の妖精族の使い二人に手のひらを広げて見せた。そこには手のひらより少し小さめの焼き菓子が載せられている。
「くっきー?」
「くっきー?」
「ええ、甘くておいしいですよ? どうぞ、ご遠慮なさらずに、どうぞどうぞ」
「ええ? でもねぇ、仕事中におやつ食べたら怒られるかもしれないしなぁ」
「怒られるよねぇ」
「あら、私は誰にも言いませんよ? それにこれはおやつじゃなくて、お小遣いですから」
「おこづかい?」
「おこづかいー?」
「はい、これはお二人のお仕事に対する、正当な報酬です。いつも頑張ってくれてる二人にこちらの編成課長から是非にとお預かりしているものです。だから、受け取ってもらわないと私が困ります」
「こまります?」
「こまる、こまる」
「はい、だからどうぞ」
「じゃあ、しかたないなぁ」
「しかたないよねぇ」
そう言うと二人の妖精族は自分たちの顔ほどの大きさのクッキーを両手で抱えると、それにかぶりついた。
妖精族の大きさは身長で言うと30~40センほどだ。人の手のひらより少し小さいサイズのクッキーだと、彼らからすればかなりの大きさになる。
「んん~、あま~い」
「あま~い」
二人は一心不乱にクッキーと格闘を始めた。これでもう少し時間が稼げるだろう。
やがて、クッキーがあと4分の1程度というあたりで、ミリルが駆け下りてきて、伝書箱を二人に渡した。
二人は、クッキーをお腹の中にしまい込むと、東の空へと飛び去って行った。
「ふぅ、ありがとうリリアン。何とか書けたよ」
ミリルが汗をぬぐってそう礼を言う。
「とりあえず、本部がどう動いてくれるか待つしかなさそうですね」
とリリアンが応じた。
「うん、うまくいけば数時間後にはアルたちが来てくれると思うんだけど……」
「そうですね。我々はあの子から目を離さず容態を安定させることに注力しましょう」
――それから数時間後。その日の昼過ぎのことだった。
「きました! アルさんたちです!」
リリアンが慌ててミリルの執務室へ駆け込んできた。
「ケイティさまがもうすでに治療に入ってくれています――」
「そうか! もう大丈夫だねぇ~」
そう言うとミリルは執務室の机に突っ伏した。
「やあ、ミリルさん。お久しぶりです。元気にしてましたか?」
聞き覚えのある元気な声色にミリルは懐かしさがこみ上げてきたが、もう顔を上げることが出来そうにない。なにせ、今の今まで一睡もできていないのだ。
「はーはる、はりあとー、ほわしゅみぃ~」
と、何を言ったかわからない言葉を残して、そのまま夢の中の人となってしまった。
(ん、ん~、あれ? ボク眠ってたのか?)
ミリルが目を覚ますとすでに日が落ちているようで、執務室の燭台に火が入っていた。
(あ、あれ? そういえばアルたちが来てなかったっけ?)
おぼろげではあるがリリアンが報告しに来た後、アルがこの部屋に入って来たように記憶しているのだが、声は聞いたような気がするが姿を見た覚えはない。
とりあえず、あの子の様子を見に行くか――、と執務室を出て1階への階段を下りている時だ。
「がっはっはっ! おいアル! 今度は俺の番だぜ!」
「ふん、ここで外したら、僕の勝ちだからね? まだ負けてないよ?」
「へ、いってろ! こんなとこで外すわけねぇだろう? 勝負は俺がもらったぜ?」
「レイノルドさん、がんばれ~」
「け、ケイティ? なんでレイを応援するのさぁ?」
「今日はわたし、レイノルドさんに賭けてるもん」
「ほう、珍しい。嬢ちゃんはいつもアル一点張りなのに、今日はどうしたんだい?」
「アルに賭けてても、レートが低いんだもん。今日は逆張りです!」
「レイノルドのあんちゃん! は・ず・せ! は・ず・せ!」
「虎殿、今日は飲み足らんのじゃないですかぁ? 投げる前にもう一杯! ぐぃっと、ぐぃっと!」
「お、おまえ、ジーク! 俺を酔わせて手元を鈍らせるつもりだろう? その手にゃ乗らねぇって―――、でも、一杯だけもらおうかぁ」
騒々《そうぞう》しい――。
声は1階の食堂室から聞こえてくるようだ。
(ったく、こいつらはぁ! ここをどこだと思って――)
そう思いながら、ミリルは食堂の扉を開け放った。
「きみたち! ちょっとうるさい――よ? お、おわぁ!!」
「ぬあ!? や、やべぇ! ぐぅ!」
ミリルが屈むのと同時にレイノルドの腕が振られる。その手からは何かが投げ放たれたのが咄嗟にわかった。
レイノルドは慌てて扉に向けて振った腕を軌道修正していた。なにせ、そのまま投げていたら、ミリルの顔面に直撃してしまっていたところだ。
投げ放たれたものはミリルの頭上を通り過ぎ、廊下の壁に激突した。
ピシッ!
何かが壁に当たって砕ける音がする。
「な、なんだぁ?」
と、レイノルド。
「ん? これって、ハズレだよね?」
とは、アル。
「わぁーい! はずれだはずれだ!」
と、クアンが跳ね回る。
ミリルが振り返って壁際を見ると、そこにはピーナッツが転がっていた。




