第1章 魔術士の異変(2)
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ミリルとリリアンがレーネに連れられて、魔法庁の建物の1階のホールへ下りてゆくと、数人の人だかりができていた。
レーネが声を掛けると一同が振り返り、ミリルとリリアンに気付いて道を開ける。その先には一人の女魔感士が横たわっているのが見えた。
そばに跪いている魔術士が治癒術式を展開しているようだ。
「どうなの?」
と、ミリルが声を掛けるが、その魔術士は首を横に振って、
「ダメです。改善しません。ただ、悪化は止められているのですが……」
と、そう言って手をかざしたままの態勢で答えた。
みると、横になっている魔感士の表情は相変わらず蒼白で苦し気にしている。
「魔素が……。魔素が荒ぶっていて流れが収まりません。体の中を目まぐるしく魔素が暴れまわっている、と言う感じでしょうか。かろうじて暴走は防げていますが、それもいつまでもつか――」
ミリルはそれを聞くと、一つ思い至ることが在った。
「リリアン! ボクの机の引き出しに一つ残ってたはず……、ゼーデ様から預かったあれを! はやく!」
「あ……、あれですね! はい、すぐに!」
ミリルの指示に即座に反応したリリアンが言うなり2階へと駆け上がっていった。
「大丈夫! 必ず良くなるから……、がんばるんだよ!? キミもあきらめないで、もう少しもたせて!」
ミリルは横たわる魔感士を励まし、治療にあたっている魔術士の肩を叩く。
数秒後、リリアンが駆け戻ってきて、ミリルに告げる。
「これですね!? お待たせしました!」
「さっすが、リリアン! それを早くこの子に――」
リリアンは言われるままにその手にしていた石を横たわる魔感士の胸あたりにそっと置く。
「キミ! この石にこの子の魔素を逃がすことは出来る?」
「え? あ、はい、できると思いますが、この石は?」
ミリルの問いかけに魔術士が応えた。
「《《魔封石》》だよ。たぶんこの子への魔素流入が過剰になっているんだと思う。この石にある程度逃がして、処理できる程度に調整すれば、落ち着くと思う! やってみて!」
「はい、やってみます――」
そこから数十秒、魔術士は額に汗を滲ませながら魔素と格闘していたが、ようやく魔感士の表情が和らぎ始める。
「どうだい? うまく行ったかい?」
ミリルが様子を見て問いかける。
「は、はい……、なんとか、落ち着いたようです――。ふう、よかったぁ」
その魔術士が答えたのを皮切りに周囲で様子を窺っていた皆がわぁっと沸き立った。
「ありがとうございます、課長。この石が無かったらと思うと――。本当にありがとうございました」
魔術士がミリルに礼を言った。
「う、うん。間に合ってよかったよ。――でも、急にこんなことが起きるなんて……。何があったのか、知っている人はいる?」
ミリルの問いかけに周囲のものは顔を見合って首をかしげている。
「――じつは……」
と、1人の女性魔感士が前に進み出た。
「彼女は今日、東の丘陵に魔巣探索で出かけていたのですが、その途中で気分が悪くなって引き返してきたらしいんです」
「東の丘陵?」
と、ミリルが聞き返す。
「はい。ケラール丘陵です。道中は特に問題なく、道も砂漠であることを除けば他に変わったところもありません。彼女が具合が悪くなる直前まで話していたんですが、そのケラール丘陵に差し掛かったあたりから妙な感覚を覚えたと言っていました。その後、ケラール丘陵で魔巣探索をしていると急に眩暈と吐き気が強くなってきて、探索隊の隊長に申し出て引き返したのだと言っていました」
「それで? 戻ってからの彼女の容体はどうだったの? 君と直前まで話している間は、特に変わったことはなかったの?」
ミリルが質問を返す。
「いえ……。その……。すいません。課長、二人でお話しできますか?」
その魔感士はそう言ったきり押し黙ってしまった。
「――うん、わかった。じゃあ、ボクの部屋で話を聞くことにしよう。――君たちはこの子を医務室に運んで、温かくして様子を見てあげて。何かあったらすぐにボクに報せて。それから魔術士を数人交代で付けて容体を見守るように――。じゃあ、いこうか?」
ミリルは周囲のものたちにそう指示を送ると、その女性魔感士に声をかけて促した。
――――――
「――そうか。話は分かった。でも、それとこれとが関係あるのかどうかは今は何とも言えないね。それよりもケラール丘陵の方が気になるし――。ありがとう、言いにくいことを話してくれて――。でも、今はまだそうと決まったわけじゃないから、そんなに気に病む必要はないからね? たまたまそのタイミングだったってことかもしれないから――」
ミリルは泣きじゃくる女魔感士にそう言うと、優しく背中を撫でて落ち着かせた。
数秒後ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、今日は彼女の傍から離れていますと言い残して立ち去った。
代わりに部屋の外で待っていたリリアンが部屋へと入ってくる。
「――彼女……、あの魔感士の恋人なんだって――。それで、その時にそうなったから、自分が彼女に触れたせいかもしれないって――。たぶん思い過ごしだと思うけど、言いにくいことを言わせてしまったよ」
と、ミリルが打ち明けた。
「――そうですか。それはかわいそうなことをしましたね」
「うん。まだまだそういう事には理解が薄い世の中だからね――。このことは内密にするという事で約束をしておいた」
「わかりました。引き続き二人のケアを、だれか適切な人物をつけて見させましょう」
「そうだね。口の堅い人を誰か見繕ってあげて――」
しかし、気になるのはそのケラール丘陵の方だ。そこに何か手掛かりがあるかもしれない。
しかし、もし何かあるのなら、この国に今いる冒険者や魔術士たちでは手に負えないかもしれない。
――仕方がない、イレーナさまにすぐに報告書を出すとしよう。
「リリアン、次の定期便は今日だったね? 今から報告書を書けばまだ間に合うよね?」
なんだかんだで、もう夜明けだ。「定期便」の到着出立までそんなに時間がない。
「ミリルさん、大丈夫です。使いの方に少しお待ちいただいておきますから。私がすこし引き留めておきますよ?」
そう言ってリリアンは軽く微笑んだ。




