第9章 それぞれの果実(3)
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アルとケイティは旧ソルス地区へと入ると、広場を抜けて実家、つまり工房へと向かう。
そもそもアルの実家があったのは村の北の端のエリアなので、つまりはソードウェーブの街の最北端ということになる。
このあたりまで来ると、さすがに人通りも少なくなり、閑静な農業地帯が広がる風景へと変わっていた。
このあたりの風景は、アルがこの町を出た時から何も変わっていない。唯一変わったのは改修された実家だけだ。
振り返ると、ソードウェーブの街が広がっており、西の端にはルシアスの城砦がそびえているのが窺えた。
ルシアス自身はそんな豪勢なものを建てるつもりはなかった。彼自身は、どちらかというとこじんまりした狭苦しい館の方が好きなのだ。そう、シルヴェリアの郊外に立っているあの旧屋敷のように。
しかし、新しい街を作り領主としてこれを治めるとなると、それなりの「構え」が必要になる。もし万一、魔物どもが攻め込んでくるような状況が起こる世界になった場合、街にいる領民達を収容し、匿う必要があるからだ。
「お前も領主になるのなら、そのぐらいのことはわきまえてもらわねば困るぞ?」
とは、『英雄王』の言葉だ。ルシアスは渋々その城砦の建設に同意したという。
二人が工房に近づくと、工房の中から喚声が上がった。男女が入り混じったその声は明らかに複数人のものだ。
「おー! きたきたきた!」
「いいぞ! そのままそのまま!」
「いけいけー!」
などと言う声が聞こえている。
歓声の主たちは明らかにこの工房の人たちだ。聞こえてきた声の中に、ダジムとメイファの声が混じっているのがはっきりと聞こえた。
何事かと思いつつ、アルは実家の玄関ではなく、新しく追加された工房の方の入り口から中へと入る。
工房の中には何人もの人がまさに黒山のように溜まっていた。もちろん、その中にダジムとメイファの姿もある。
そればかりではなく、鍛冶屋3人組も、そして、アルより一足先に帰っていたアカネの姿も見えた。あとは工房の職人たちが数人。つまり、この工房中の全員がここに集結していることになる。
そうしてその人たちは円陣を組むように何かを取り囲んで喚声を上げているのだ。
「父さん! 母さん! 今帰った――」
「ぬおおお――!!」
「ほらわたしの言ったとおりでしょ!」
「おいおいおい、そりゃねえだろう!」
「あークソ! なんでそこで失速するかなぁ!?」
「さすが奥様! 相乗りしておいて正解でしたわ!」
などと言う歓声でアルの声がかき消される。
「え――? いや、あのう……」
と、アルはさすがに言いよどむ。アルたち二人が工房に入って来たことに気付くものはまだいない。
「次だ、次!」
「やっぱ次は黒かなぁ」
「俺はもう一回赤に賭けるぜ!?」
「次も勝つわよ!」
「奥様、次はどれにします?」
全員が自分たちの囲みの中の何かに気を取られていて、全くと言っていいほど二人の存在に気が付かないでいる。
「――ったく、なんだよ、人を呼びつけておいて……。父さん!! 母さん!! ケイティも来てるんだ!! いったい何の用だったんだよ!?」
アルが精一杯大声で工房に響き渡る怒号を発した。
――ぬ?
という声が全員から聞こえそうなぐらいの勢いで、全員がアルとケイティの方に視線を向けた。
なんと言うかみんな目が血走っているように見えて、さすがに気圧される。
「――な、なんだよ!? みんなして。呼ばれたから来たんだけど、何の用だよ!?」
と、アルがなんとか踏みとどまり、言い返す。
「お、おお――! アル! 来たか! こっちへ来い! お前に見せたいのはこれだ!」
と、ダジムがアルよりもさらに大きな声で返してくる。
アルが近づくにつれ、まるで岩が割れるように人だかりが割れてゆくと、集まっている皆の中央に何やら大きめの長方形の箱のようなものが置かれているのが見えた。
「――なんだよこれ……?」
アルとケイティがそれをのぞき込む。
箱の大きさは、縦が2メル、横幅が1メルほど。箱の外側には高さ20センほどの板がめぐらされている。箱の中にはミニチュアの「《《馬車かご》》」が6つほど並んでいた。
赤、青、黒、緑、黄色、そして白の6色の旗がその「《《馬車かご》》」に刺さっているのが見える。
「まあいいから。こいつらを競争させて何が一番にゴールするかを予想するんだ。さあ、お前は何色にする?」
と、ダジムが聞いてきた。
よく見ると箱の底には二本の線が引いてあり、一方の線にその6つの「《《馬車かご》》」のようなものを職人たちが順に並べている。もう一本の線は反対側の端にひいてあるので、それが『ゴール』という訳だろう。
「これって、まさか! 《《カラクリ》》なんですか!?」
と、ケイティがいち早く気づいて驚嘆の声を上げた。
「さすがケイティ、そうよ、これは工房のみんなが考案した《《カラクリ初号機》》よ。魔素変換機を小型化したものをそれぞれに乗せてあるわ。動力源となる魔素は魔法石からとれるようにしてあるのよ?」
と誇らしげに言ったのはメイファだ。
「こんな小さなものが――、カラクリだって!?」
と、アルもさすがに驚きを隠せないで叫んだ。すぐさま、魔素感知を試してみると、果たしてその6つの「《《馬車かご》》」から微量ながら魔素を感じ取ることが出来る。
「――まあ、そんなことはどうでもいいんだ! さあ、始めるぞ!? おれは今度は赤にするぜ!」
「ダジム、赤は絶対だめよ? 次は青。絶対青で間違いないわ」
「ぬう、奥さんはズルいよなぁ。魔素容量が見えるんだろ?」
などとまた始めだす。
「――何をやって……」
――るんだ、と言いかけたアルにかぶせるように女性の声が響く。
「じゃあ、私は白! 白にします!」
と、アルの言葉を遮って叫んだのは、ケイティだった。
「ケイティ? 君まで――」
「ほら、アルは何色にするの? それとも私に負けるのが嫌なのかな?」
ケイティが意地の悪い視線をアルに向けている。
その様子を見ていた周囲の皆が、やんやと囃し立てる。
ケイティってこんな性格だったっけ? いや、それよりもさすがにここまで言われては引き下がれない。と、アルも覚悟を決めた。
「――くぅ、じゃ、じゃあ、僕は緑だ!」
「OK! いいな皆決めたな!? 用意――スタートだ!!」
ダジムの合図で箱の中の6色の旗が進み始めた。




