第9章 それぞれの果実(2)
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それから数カ月があっという間に過ぎた。
聖歴167年も過ぎ去り、聖歴168年の年が明けた。
ちょうど、アルが『木の短剣』本部庁舎で若い冒険者とやり合ってから数日後の話だ。
アルの元に父ダジムから遣いがやって来た。
遣いでギルド本部まで来たのはアカネ・ミナミカワだった。
「テルドール卿。御父上が少し来て見てほしいとおっしゃっています――」
現在アルは、ギルド庁舎の自室に詰めていることが多く、実家の方にはほとんど帰っていない。というのも、実家は改修され、アルの部屋はもうそこにはなかったからだ。
実はこの改修の際、ダジムとメイファの二人がそのことを決定した。
アルの成長を見届けた二人は、この場所にアルが縛られることを嫌い、自分たちの部屋だけを残し、後は【魔素変換機】の研究開発のために必要な資材や道具などを運び込ませたのだ。
もちろん、アル自身が帰れば、ダジムとメイファの生活のための居住空間はあるため、一緒に夜を過ごす程度の広さは確保してあるので、別に気に留めず実家に帰ることはやぶさかではなかったのだが、いかんせん、ギルドの業務に追われるというよりはむしろ、不測の事態に即応できるようにとの思いから、ギルド庁舎で寝泊まりをするようになったという訳だ。
「父さんが? ああ、そういえばしばらく顔を出してなかったな……。わかりました。この後、書類整理を済ませたら向かうと伝えておいてください。――アカネさん、いつもうちの両親がお世話になっています」
「いいえ、滅相もございません。お二人は私たち工房のものたちをまるで家族のように扱ってくださっています。わたしはむしろ居心地が良すぎて、ダイワコクへ戻る日が来なければいいのにと思うほどですよ?」
アカネは現在、その鍛冶工房の脇、つまり、アルの実家の庭だったところに新築された職人寄宿舎に住み込んでいる。そのほかにも工房の職人や開発担当者など数名がそこに同居している状態だ。
鍛冶職人の3人は、その工房の周辺にあてがわれた家にそれぞれ住んでいる。元はと言えばソルスの村人が住んでいた家を改修したものだが、領主の命に快く応じてくれたそれらの元家主たちの家族は現在、ソードウェーブ主街区に移り住んでもらっていた。
「――あ、すいません。私ったら、つい……。テルドール卿のお部屋はもうご実家にないというのに……」
と、アカネは自身の言葉が返ってアルの気持ちを逆撫でしたのではないかと恐縮する。
「ああ、お気になさらないでください。むしろ、僕がいなくても皆さんがいてくれるおかげで、安心できるというものです。その分僕は心置きなく自分の仕事に集中できますから」
とアルは返した。
アカネは言伝を伝えると、工房の方へと戻っていった。
アルもその後、自身の書類整理をさっさと済ませると、工房へ向かうべく身支度を整えていた。
――コンコン。
扉をノックする音がすると、
「アル? 入ってもいい? ケイティです」
と声がした。
「ああ、どうぞ、開いてるよ?」
と返す。
扉を開けて入って来たケイティはアルの様子を一目見て、出かけようとしているところだと悟った。
「あら? おでかけ?」
「ああ、父さんが来てほしいって、さっきアカネさんが伝えに来てくれたんだよ。だから工房に向かおうと思って――」
「工房!? もしかして、【魔素変換機】のアップグレードが完成したんじゃ――?」
「どうだろう。それならそうというはずだけど……」
「私も行っていいかしら?」
「え? ああ、かまわないけど、ケイティは用事はなかったの?」
ケイティは見透かされたようで顔が少し上気する。
とくに用事はなかったのだが、アルがいると聞いたので上がって来ただけなのだ。
「――わ、私は別に用事なんかない、けど――」
「そうか、それなら一緒に行こう。僕も久しぶりに帰るんで、ひとりだと、その、なんて言うか、照れくさいって言うか――」
「自分の実家に帰るのに、照れくさいって――。あ、ああ、でも、それなんとなくわかる気がする。私も前に聖堂から実家に帰った時、家の前で足がすくんだのを覚えてるもの」
そう言うとケイティは、ふふふ、と軽く笑った。
アルは張りつめていたものがスッと落ちるような気がして少し気が楽になった。
二人はギルド庁舎を出て、右へと進む。まっすぐ行けば突き当りはルシアスの城砦だ。その城砦までは行かず、途中で右折れすると、ソードウェーブの北部地区、旧ソルス地区へと至る。
街並みはだいぶんと整ってきて、街道沿いには建物がたくさん立ち並んできているし、空き地にはすでに資材が運び込まれていたり、建物が建設中であったりしてて、街中から建設中を物語る大工音が響いている。
数か月前とは比べるべくもない人たちが街道を往来していて、その中には、人族以外の者も多く見受けられるようになっていた。
殊に、亜人族の割合がかなり増えてきている。
たまに空を見上げると、金色の線が尾を引いて飛んでいくのも見るようになった。妖精族たちの高速飛翔だ。
亜人族たちのほとんどが冒険者志望の者たちだろうと、そう予想していたアルだったが、この予想は大きく外れた。
彼らは意外に「環境順応性」が高い種族だと気づかされる結果になった。
亜人族の中には人族に弟子入りして商業活動を始めるものや、工芸職人や鍛冶職人、農業や酪農などありとあらゆる産業に興味を持つものも多く現れた。
このソードウェーブは各国からいろんな人や物が集まるため、そういった亜人族たちにとっても住みやすい街となっているようだ。
二人はそんな街を眺めながら、旧ソルス地区へと歩を進めた。




