第8章 木の短剣に捧ぐ(6)
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「――なるほど。そうすれば僕が責任を感じることなんて無いじゃないか、だってそれはその冒険者の自己責任なんだから、と、君はそう言いたいんだね?」
と、アルはその青年に静かに応えた。
「こら! リンド! お前、誰に向かって口をきいているのかわかってるのか!? ギルマスだぞ!?」
さすがに慌ててゲールが咎める。
アルはそう言ったゲールを手を上げて制した。
「確かに君の言う通りかもしれないね……」
と、アルは応じた。
「冒険者は基本的にはその結果に関しては自己責任だ。腕を失う者もいるだろう、片目を失う者もいるだろう。大切な仲間を失う者もいるだろう。あるいは、自分の命を失う者も現に存在している。これには僕も何も言い返すことは出来ない。だから、依頼にしても自分たちで自由に選びたいと思う者の意見がわからないわけじゃない。でも……」
そこまで言ってアルは、先程の青年リンドを見据えた。
「じゃあ聞くが、君は魔巣に入って生きて帰れると、そう思っているってことだね?」
アルの視線はまっすぐにリンドの双眸を捉えて離さない。
「あ、ああ、その通りだ! 俺は――、俺たちのパーティは、憑依型魔物なんて目じゃねぇんだ! いつまでも銅級だからって魔巣の外の魔物ばかり相手にしてたって埒があかねぇ! やりたい奴にはチャンスを与えるべきだって、俺はそう言ってるだけなんだ!」
リンドも退くことが出来ない。彼自身もそう思っているし、何より仲間も皆彼を支持していることを知っている。
「あなたは知らないから言えるのよ!」
突然冒険者の輪の中から女の人の声がした。
(確か彼女は――、そう、キャスリン、キャスリン・フラウだ。まだ冒険者を続けていてくれたのか――。ちょっと安心した――)
女性が輪の中から進み出てかなり挑戦的なまなざしをリンドに向けたのを、アルは見て、その女性冒険者のことを思い起こしていた。
ちょうど去年の秋の終わりごろ、彼女のパーティはそろって銀級に昇格した。しかし、喜び勇んで初の魔巣攻略に出た彼女のパーティのうち、生き残ったのは彼女だけだった。
4人のパーティだったが、彼女を除く男性冒険者3名は、彼女を生かすために身を盾にして守り抜き、魔巣を辛うじて攻略した。が、結局攻略直後に力尽きて3人ともこの世を去ったのだった。
そのキャスリンの肩に手を載せて落ち着かせようとしている女性冒険者が隣に立っている。彼女が今のパートナーなのだろうか。いずれにしても、新しい仲間に恵まれて歩み続けていることにアルは心から安堵していた。
「――そう、知らないということは本当に恐ろしいことなんだ。そして君は、魔巣の、いや、自分の実力の限界を知らないということに気付いていない。それがどれほど恐ろしいことか、僕はギルマスとして君にそれを教えなければならない――」
アルはそう言うと、中庭の隅に積んである「木の短剣」を二振りつかんで、そのうちの一振りをリンドに向かって放り投げた。そうして自身の木剣を腰に差した。
「さあ、やろうか。僕に一太刀でも当てれたら、君を今すぐ銀級に昇格させてあげる。そうなれば、君も大手を振って魔巣攻略に参加できるってわけだ。チャンスを与えろって君は言ったよね……」
ざわざわと周囲の冒険者たちがざわついた。
ギルマスが人前で木剣とは言え剣を抜くというのを目にしたことがあるものはおそらく今の冒険者たちの中にはほとんどいないだろう。
いろいろと噂や憶測は飛び交ってはいるが、アルバート・テルドールの真の実力を見たことがあるものは実はほとんどいないのだ。
――おい、マジかよ、これはなかなか見ものだぞ?
――馬鹿、銅級ごときが相手になるかよ?
――だが、あのリンドってやつ、言うだけのことはある実力だって話だぜ?
などと、ひそひそ声で言葉を交わすものもいる。
「や、やってやろうじゃねぇか! 本当に一太刀でいいんだよな? 約束だぜ? かすっただけでもいいんだろ?」
「ああ、かまわない。それに、君が音を上げるまで何度切りかかってきても構わないよ。ああ、それと、僕は魔術士でもあるんだが、もちろん魔法は使わないから安心して」
「へっ、その言葉、忘れるんじゃねえぞ!」
言うなり、リンドがアルに切りかかった。
リンドは自身の渾身の猛ダッシュを決めてアルの目の前数センのところまで迫ると、利き手に握った木剣を振り抜く。さすがに木剣とはいえまともに頭や首などにあてたら大怪我をしかねない。そこで胴を薙ぎに行ったのだ。
(これで、俺の勝ちだぁ――)
リンドは確実に当てたと思った。
が、アルが立っていたその場所を、リンドの木剣はすぅっと手ごたえ無く通り過ぎるだけだった。
(なん……だって……?)
目の前にアルは間違いなく立っている。それどころか右手をこちらに向かって伸ばしているではないか。
「どうした? もしかして今、何が起きたのかわからなかったのかい?」
気が付くと、アルの木剣の刃がリンドの首元に突きつけられていた。
(いつの間に抜いた? それにどうして当たらなかったんだ??)
アルはリンドの首元から剣を戻すと、するりとまた脇に差した。
「もう終わりかい? 何度でもかかってきていいんだぞ?」
「くっ! ま、まだまだぁ――!」
リンドもなかなかに強情だ。一太刀で根を上げるわけにはいかない、仲間たちや、同じように考えている銅級冒険者たちの想いも背負っているのだ。




