第8章 木の短剣に捧ぐ(1)
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聖歴168年1月元日午前――。
アルはシルヴェリア王国王城の式典に参加していた。
また新しい年を迎えることが出来た。
昨年はアルたち冒険者にとってはまさしく『冒険者元年』という年であった。
一昨年の年末にようやく各国のギルド支部がその体制を整え、その後各国においては新しく『冒険者』という職業が広く認知され参加者は鰻登りになっていった。
一年間の間に新規登録した『冒険者』は裕に1000名を超え、冒険者ギルドは今や国際魔法庁と双璧を為す一大超国家勢力へと拡大していた。
しかし、この一年間の間に不幸にも命を落とした冒険者の数も、これまでと比較にならないほどの数に上ったのも事実だ。
「ガルシア国王、昨年の冒険者の死亡および行方不明数は72名となりました。これはひとえに私の不徳の致すところであります――」
アルは式典の中で謁見の間において年賀の挨拶の代わりにその報告を行った。
「うむ。冒険者ギルド『木の短剣』ギルドマスター、アルバート・テルドール卿。そなたの功績は我も知るところである。このシルヴェリアをはじめ全世界に発生した魔巣の駆除にあたり、各国人民たちの生活を守り続けておること、心より感謝をするものである。不幸に見舞われた冒険者たちには心から哀悼の意を表し、その冥福を祈るものである。テルドール卿、全世界の人民に代わって、礼を申す。ありがとう。ギルドの冒険者たちにお伝えいただきたい」
さすがはガルシア王である。この王はアルが出会った時から今までブレることがない。常に人を愛し、世界の行く末に配慮なさる。まさしく慈愛の心熱き王であった。
「これからも国際魔法庁と連携を図り、世界平和を守るべく力を尽くしてくれ――」
と、締めくくった。
「アル、このあとはソードウェーブへ戻るのですか?」
式典終了後、アルに声をかけたのはイレーナ・ルイセーズ国際魔法庁長官だった。
「ああ、イレーナ様。はい、午後にはルシアスの城砦の記念式典がありますので、戻って食事を取ったらまた式典です――」
そう言ってはにかむような笑顔を見せる。
しかし、イレーナはその表情の裏にある深い失意を見逃さなかった。
「アル。国際魔法庁の方でも去年数名の魔法士を失ったわ。でも、その程度で済んでいるのはひとえにあなたたち冒険者ギルドのおかげでもあるのよ。ガルシア王もそのことをあなたに伝えてやってほしいと私に言伝なされたわ――。本当にありがとう。あなたたちのおかげよ」
少しでもこのまだ若き冒険者の長を労いたかった。この子にはこの重荷はまだ早過ぎるのではないかとも思える。しかしながら、この子以外にその重責を背負えるものがいないこともまた事実なのだ。
「あ、そうそう、ケイティは元気にしている? アリアーデ様のお子の成長はやはり人族よりお速いのだそうね――」
などと、少し話題を変えようと試みた。イレーナがアルの心痛を慮ることが出来るのはここまでだ。
「イレーナ様、お気遣いありがとうございます。ですが、有能な魔術士たちの命を救えなかったこと、本当に心よりお詫び申し上げます。やはりわれわれギルドのものたちはまだまだ経験不足としか言いようがありません。今後ともお力添えいただきますようよろしくお願いいたします――」
アルはそう言って、慇懃に礼をすると、踵を返して次元門の中へ消えて行った。
「あ――」
イレーナは思わず手を伸ばしてアルの腕を取りそうになったが、その手をそれ以上伸ばすことは出来なかった。
(ケイティ、しっかりと支えてあげないと、あの子、折れてしまうかもしれないわよ。ケイティ、しっかり見守ってあげるのよ――)
と、遠く北の地で奮闘しているはずの可愛い後輩巫女に念を送るのだった。
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「ねえ、ルシアス! メルリアがもう、『火炎』を発現させたのだそうよ? あの子ったら、ケイティにべったりで、もう誰が母親なのか忘れてしまってるんじゃないかしら?」
ルシアスの城砦の公爵執務室で、アリアーデが嬉しそうにルシアスに話しかけている。
「全く、やはり血は争えんか――。魔法の才覚は俺に似ずによかったと言うべきなのか――」
と、ルシアスもまんざらではなさそうだ。
ソードウェーブの主街区の奥にルシアスの公爵領城塞が完成したのは昨年の秋のころだった。ルシアスは自分の居城の建設を一番最後に回し、主街区と港区の整備を先にすすめたのだ。結果、このソードウェーブは今や一大商業都市ともなっている。
そしてようやく、昨年の秋、つまり、3か月ほど前に領主の居城が完成したということだ。それまでの間、ルシアスとアリアーデ、それからまだ幼い二人の間の娘メルリアはソードウェーブの港区にある政務庁舎の一室を居室として使っていたのだった。
「あの子ったら、本気で神殿巫女になるつもりなんじゃないかしら?」
「まさか――、いくら体の成長が速いと言ってもまだ1歳だぞ? そんなことまで考えているものか」
「わからないわよ?」
などと、軽口を交わしていた。その時だった。
あわただしく廊下をかけてくるものの足音が聞こえると、いきなり執務室の扉が開け放たれた。そして大柄な男が一人駆け込んできたのだ。
「――お、親分! あ――、姐さんもいらしたんですか――。やべっ、どうするか――?」
「どうした、レイ? そんなに慌てて」
「あ、いや――、し、仕方ねぇ……。落ち着いて聞いてくれ。メルリアが怪我をした――」
それを聞いたルシアスとアリアーデの二人は顔を見合わせるとすぐさま、レイノルドの方に顔を向けた。
後日になって彼がチュリに零したところによると、レイノルドはその時の二人の表情をしばらくの間夢に見たそうだ。




