第7章 インターローグ―暗黒騎士の決意
(人族世界標準時)聖歴167年1月上旬――。
ガベディレイラ帝国(元竜族世界)、帝国宮殿、王の間――。
帝国宰相暗黒騎士セ・ルスは思案していた。
人族世界への侵攻が遅々《ちち》として進まない。
前回の大規模転移魔巣の発動からすでに数か月が過ぎている。しかしながら、あの規模の魔術式の展開はやはりかなりの魔素を消耗する。前回は自身の魔素のほぼ9割以上を消費し術式発動を行ったのだが、一時はセ・ルス自身、完全に行動不能の状態にまで消耗したのだ。
さすがにあれをもう一度発動するために自身の魔素の充填を行うのにはかなりの時間を要するし、仮に自身がそれによって転移したとしても、その先で戦力として機能することはおそらく難しいだろう。
となると、方法は一つしかない。
「別の場所」から魔素を供給し、それを使って術式展開をするのだ。
そうすれば、自分自身が転移したとしても自分自身の魔素は消耗していない為、転移後も戦闘行動が可能になる。
――しかし、どうやってその魔素を集めるかだが……。
幸い新しく手に入れたこの世界、元竜族世界の含有魔素量は非常に多量で濃度も濃い。しかし、それは大気中に霧散しているものであり、集積するためにはなにかしらの「媒体」が必要になる。
通常、魔法士は自身の体をその「媒体」とし、体内に魔素を集積し、それを使用して魔術式を展開するのだ。
そのため、術者の「容量」がつまり、術者の魔法使いとしての素養となるわけだが、魔素をコントロールする術に長けたものであれば、使用する魔素は自身のものである必要はない。
つまり、「入れ物」から取り出して術式発動することが出来るわけなのだが……。
――問題は、その「入れ物」だ。
現在のセ・ルスが発動可能な術式『魔巣創造』の場合、その「入れ物」は生体でなければならない。
これは、「あの方」からこの術式を授かる時に告げられた事実だ。
なので、これまでは自身の体内の魔素を使用して、『魔巣の芽発動』や『大規模魔巣展開』を行っていたのである。
『魔巣の芽』の場合、消費魔素量はそれほど多くなくて済むため、同時多発的に発動しても、魔素の回復が追い付くのだが、何よりも、その成長速度が遅いという欠点がある。
人族の者たちの迅速な行動によって、残る四属世界のものたちはすでにわれらの存在を認知し、小規模魔巣の駆除には対抗策を講じている。
こうなってしまっては、小規模魔巣の中で見落としがあったとしてうまく成長してくれたとしても、せいぜいオウガクラスまでの魔巣が精一杯のところだ。黒騎士レベルのものを送り込むことが出来れば突破口も見えるというものだが、おそらくそこまで放置されることはもう望めないだろう。
(なにを思案する必要があろうか――? 「媒体」ならたくさん目の前にあるではないか――?)
セ・ルスの頭の中に「あの方」の声が響いたような気がした。
実際、最近はこの声が本当に聞こえているものか、それとも自身の妄想によるものかの区別がつかなくなってきている。
――おそらく私が正気を失うまで、それほど時間は残っていないのかもしれない。
セ・ルスはなんとなく予感している。
おそらく「あの方」との契約は諸刃の剣なのだろう。
自身がその用を足せるに足るものであるうちは、「正気」を保っていられるのかもしれないが、徐々に精神を蝕まれていくようだ。
「正気」を失った時、自分がどうなるかはわからないが、おそらくもうそれは、ガベディレイラ帝国宰相のセ・ルスではなくなっているのだろうということは理解している。
その前に何とかしなければ、この世界もまた「あの方」が喰らうことになるのだろう。以前の我々の世界のように。
――私が消滅してしまえばこの国や民たちを救うものは誰もいなくなってしまう。その前に何とか手を打たないとならないのだ。
(やはり、それしか手立てはないのだろう――)
しかし、その場合であっても、すぐに術式発動できるわけではない。少しでも生存者を増やすためには自身の魔素をしっかりと回復させ、また、自身の術式展開の精度もさらに高めねばならない。
――もう少しだ。最後の手段と思って準備は進めているが、まだ不充分だ。まだあと少し――。そして、それが可能となった暁には一気に人族世界へ侵攻する。
おそらく四属世界の要は人族の者たちだ。
『世界の柱』がそこに存しているということも大きいが、何よりも人族の者たちの他種族をまとめ上げていく協調性の高さが要因なのだろう。
裏を返せば、人属世界さえ支配してしまえば、あとはどうとでもなるということだ。四属世界を手に入れさえすれば、さすがに「あの方」も一つぐらいは我らに残して下さるだろう――。
今はそれに一縷の望みをかけてやり抜くしかない。もしくは、『世界の柱』を手に入れて――。
セ・ルスは王座から立ち上がると、王の間を後にした。
今日もあの場所へ向かう。
そして魔素の充填と術式の精度向上の訓練をするのだ。
決戦の時はもうすぐそこまで迫っている――。




