第5章 『大蛇』ヤマタ(4)
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「ヤマタを探してるのだろう?」
と、その男は言った。
年のころは40代あたりか。ヒカリゴケで明るいとはいえ、さすがに少し離れているためはっきりとした顔だちは分からない。
「お前がヤマタなのか?」
ユフィをかばいつつ、チュリが問い返す。
「いや、俺はヤマタじゃねぇよ。餅屋の主人さ。だが、ヤマタの居場所は知ってるぜ?」
「嘘じゃないだろうな? でもどうしてウチらをこんなとこに――」
「そりゃあ、決まってるだろう。試験を受けてもらうためさ」
男はそう嘯いた。
「試験だって?」
「なんのために?」
二人が同時に聞き返す。
「そもそもお前たち、「ヤマタ」が何ものか知ってるのか? 本気でアレを討伐するつもりでいるのか?」
「何者か、だって? そりゃあ、まあ、武芸の達人とか――?」
「ものすごい魔法使いとか――?」
「つまり、知らないってことだな?」
男の質問が突き刺さる。
そう言えばそうだ。たしかに「ヤマタ」が何ものであるかをはっきりと聞いた覚えはない。
そもそもこの話、「修練場の先輩たちの話では――」という、うわさ話に過ぎない。
「みんな挑戦するらしい」、「北へ向かえ」、「ヤマタって知ってるか?」。
修練場の他の門下生が噂話をしていたのはそれだけだ。先輩方に聞いても、皆一様に「他のやつに聞け」と言ってはっきりと答えてはもらえなかった。
「う……、そ、それは……」
「たしかに、何者かについての話は何も聞いて、ません、ねぇ」
二人とも口ごもる。
「じゃあ、どうしてこのヒイに来たんだ?」
男の次の質問はこれだった。
「それは、北へ向かえって噂だったから――」
「ヤマトから北と言えば、ヒイだろうって――」
「まったく。そういうところが『未熟もの』だっていうのだろうなぁ」
と、男の声からは明らかに「やれやれ」という気持ちが込められているのがわかる。
「いいか? お前たちはただただその噂を信じてこんなとこまでやってきて、挙句の果てには荷物を取られて穴に落ちてずぶ濡れになったという訳だ。ここの下が地底湖だからよかったものの、もし硬い岩盤だったらどうなっていた? 大怪我で済めばいい方だぞ?」
「う……」
「たしかに――」
「よいか。物事には何事も道理というものがあるのだ。今回で言えば、なぜそんな噂がお前たち二人の耳に入ったか、ということだ」
「道理?」
チュリが聞き返す。
「ああ、道理だ。それをよく心に刻んで、ここから先、行くがよい。よいか? 忘れるでないぞ、道理を――」
そう言うと男の気配がすぅっと遠ざかってゆく。
「あ、まって! 荷物は!?」
チュリが声をかけるが、すでに男の気配は壁の中の闇へと掻き消えてしまった。
「ちくしょう! 消えた!」
チュリが口惜しがった。が、ユフィは少し違った感覚を覚えていた。
「――そう言えば、どうして私たち「ヤマタ」を討伐するって話になったんでしたっけ?」
「それは、修練場を卒業した先輩たちが――」
「あ、いえ、その噂、門下生たちが話していただけで、実際に出会った経験のある人には会っていませんし、話も聞いてませんよね? それに、修行が終わった時にこの話を切り出した時も、師範代たちは「どこにいる」とか「どんなやつだ」というような具体的なことは何も言ってませんでした。ただ、歴代の先輩たちも臨むものだと言っただけで――」
「つまり?」
「つまり、本当かどうかはわからないってことです」
「――!?」
チュリの目玉が飛び出るかってぐらいに見開かれた。
「チュリ姐、目が慣れてきたせいだと思うんですが、この洞窟、先に続いてるようですよ?」
そう言ってユフィが目の前の壁面のあたりを指さした。そこはさっきまであの男が立っていた場所だ。
「――なるほど、道理、か。たしかに人が掻き消えるなんて道理はないよな? つまり、こっちの目が慣れてなくて壁に消えたように見えたってことだ――」
「そうですね。そして、私たちがここに来たのはどうしてか? その答えもこの先にある、ということです」
「なんとなくわかって来たよぉ!」
「はい、確かめましょう!」
そうだ、何事にも意味があるはずだ。つまり、その噂がどこから流れてきたのかはわからなくても、二人の耳に入ったことは事実だ。耳に入るということは、それを望んだものがいるというのが一番可能性のある答えだ。
噂を流した張本人はもしかしたら二人をここに向かわせるのが目的だったのではないだろうか? と、そう考えれば辻褄が合うような気がする。
あの男の言葉を思い出せ――。あの男はこう言った。
「試験を受けてもらうためだ」
と。
試験とは何の試験なのか――?
それがもうすぐ明らかになるはずだ。




