第5章 『大蛇』ヤマタ(2)
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翌日朝から、二人は街中で「ヤマタ」の名前を出して聞き込みをつづけた。その「ヤマタ」とはいったい何者なのか、どこにいるのか、全く情報がなかった二人は、取り敢えず国中の行商人たちが集まりそうな酒場や、旅籠のロビーなどに立ち入っては聞き込みをつづけていた。
しかし、皆一様に、「ヤマタ」などという名前の者は出会ったことも聞いたこともないという始末だった。
結局その日は朝から夕べまで一日かけて街中しらみつぶしに聞き込んだのだが、何も情報は得られなかった。
「う~~。なんで? なんでなのさ? 北へ向かえって、そういう事じゃなかったのかなぁ」
「皆さん、全く知らないと口をそろえて言ってましたからね」
旅籠の部屋に戻ってくるなり、チュリはベッドにどさりと身を投げうって、呻いた。
ユフィも隣のベッドに腰かけて、顎に指を立てて思案している。
「でも、ヤマトから北っていったらここぐらいしかないからね。この先はもう剣ヶ峰ぐらいしかないよ」
と、チュリがさらに呻く。
「剣ヶ峰って、この国一番のお山なんですよね?」
と、この言葉にユフィが反応した。
「うん、エリシア神さまが住んでいるところだよ。ものすごい熱いところで、ウチは苦手だけどね?」
「さすがにそこが目的地なら、『北へ』とは言わずに『剣ヶ峰へ』と言うでしょうし、やっぱりここだと思うんですよね」
結局この日は、大した進展もないまま、一日が終わってしまった。
いくらお金の心配はないと言っても、さすがに何泊もこんな高級宿に泊まり続けるわけにはいかない。そのぐらいの分別はわきまえているつもりだ。
夕食もまた豪勢なものだった。こんな山奥でも山の幸海の幸がふんだんにあしらわれていて、一つ一つが輝きを放っており、新鮮さが見るだけでわかるというほどだ。
チュリはそれらを、「箸」というダイワコク独特の食事道具を器用に使いながら、口へ放り込んでゆく。やはり、どの食材も瑞々しく活き活きとして素材の味と香りがふわりと口鼻の中を駆け巡る。
「うんまぁあ~い!」
「ホント、おいしいですね~」
二人は顔を見合わせて笑顔になるが、そこでチュリは顔を引き締めて言った。
「ユフィ、明日はここを出るよ。手がかりもなく贅沢なんてしてられないからね。やるからにはしっかり、答えを出さなきゃ。いつまでも甘えてはいられないから――」
「チュリ姐のことだからそう言うと思ってましたよ。私はどこでも大丈夫です。この2カ月でこの世界での過ごし方というものもだいぶんと慣れてきましたから」
チュリがこんな高級宿を選んだのは一つにはユフィの体のことがあったのは事実だ。ユフィにとってこの世界はずいぶんと「汚れている」と言って差し支えないと思われる。
まあ「汚れている」というのが適切ではないかもしれないが、いわゆるいろんなものが空気中に含まれているという意味だ。
精霊族世界の空気はなんと言うか、「洗練されていた」。
そのことをチュリは一度ユフィに聞いたことがあったのだが、ユフィが言うには、なんでも、空気中にはいろいろなものが含まれていて、中には人の体の中に入って「悪さ」をするものもあるという。
精霊族たちはそれら――ヴィルズというらしい――と長い年月戦ってきたというのだ。そして、一つの結果として、空気中の不純物を排除する方法を構築するに至ったという事らしい。
チュリには少し難しくてよくわからなかったが、「空気」の質が違うってことは分かった。
幸い、ユフィはこの世界に来て2カ月の間に、この世界の空気を吸って体調が悪くなるということはなかったが、それはいつ起こるかわからない為、用心するに越したことはない。
そういう意味もあって、高い宿なら環境もいいだろうということで、ここを選んだ経緯もある。
「案外、この世界の空気は『綺麗』なのかもしれません。埃っぽいことには違いないんですが、いわゆるヴィルズの類はほとんどないのかもしれないですね。もしかしたら、精霊族の世界は発展するにしたがってそういうものを生み出してしまったのかもしれません」
と、ユフィが言ったことがある。
いずれにせよチュリにはいまいち何を言っているのかよくわからなかったが、その後に続けた「そんなに気にしないでいいみたいです」と言ったユフィの言葉を今は信じることにした。
「じゃあ、明日からは安宿になるかもだから、今日はしっかり食べて、元気をいっぱい貯めておこう!」
「はい! モリモリ食べましょー!」
そうしてヒイの2日目が終了した。
――――――
(そろそろ頃合いか――)
闇の中でにへらと嗤うものがいた。
(皆よくやってくれている。ここまでは計画通りだ――。さて、明日から忙しくなるぞ――)
そいつはそう思うと、明日以降の仕事のためゆっくりと休もうと寝床に戻った。




