第4章 クアンの帰還(1)
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クアン・ハアルジーン――そもそも『ハアルジーン』はこの街の名前だ。
獣人族には「姓」は無く、ファーストネームだけがある。
大長老は、ヴェルボ。クアンの姉はジャカという。
そして、この者、オズラはこの街の衛兵隊長だった。
「クアァァァン! この小僧! ちょこまかと、逃げおってぇ! いい加減、オレの一太刀をあびてみろぉおおお!」
「へん! やだね! ほっ。そっち、こそ、はっ。いい加減、ほぃ。あきらめ、たら、はっ。どう、なのさ!」
クアンはオズラの大剣(木製)をひらりひらりと躱している。オズラはぶんっぶんっと何度もクアンに切りかかるが、そのたびにクアンに躱され、さすがに息が上がってきている。
「ふぅふぅ、くそぉ! あ、あたれぇぇぇ!」
オズラが渾身の一撃を見舞おうとぐぃと大きく引き絞ると、いつもより大きく振りかぶり反動をつけてその大剣(木製!)を振りぬく姿勢に入った。
(振りが大きく隙が出来た――勝負あり、だな)
アルがそう思った瞬間だった。
これまで左右や後方にひらりひらりと躱していたクアンが、突然前方へと飛び込む。そしてその右手にもつショートソード(木製)ではなく、腰に差しているもう一本の木刀――こちらは短刀タイプ――を左手で逆手に抜き放つと、一直線にオズラの目の前に接近した。
「うお!?」
オズラは大剣を引き絞った姿勢のままで、腕は後方に回っている。クアンのあまりの速さに首元はがら空きだ。
ビタァ――!
と、音がするかと思うぐらいにきっちりと正確に、クアンの短刀(木製!)がオズラの首元に張り付いた。
「そこまでじゃ!!」
広場に大長老ヴェルボの気合の籠った声が響く。
「見事じゃ、クアン! 素晴らしい! オズラ! お前の負けじゃ!」
その宣言と同時にこの広場の周囲に集まった獣人族からわぁっと歓声が沸く。
「すげぇ! すげぇぞ、クアン!」
「ほんとうに、やりやがった――!」
「ク、ア、ン! ク、ア、ン!」
口々に喚き、色めきだつ観客の中で、両手を胸の前で合わせて一心に祈っていた女性(獣人族)の瞳から美しい雫が零れ落ちた。
時間は少し前にさかのぼる。
聖暦166年9月上旬――。
アルたち一行はそろそろ本格的に獣人族への協力を要請しようと、クアンの故郷、獣人族の里ハアルジーンへとやってきていた。
獣人族との同盟はすでに完了している。
クアンがこの街を去った後、ちょうど一月ほど後に一度この街に戻り、その際に大長老ヴェルボからその確約を得ていた。
しかしながら、レトリアリアの状況の問題や、その後のアーレシア遠征、また、ソードウェーブの整備がいまだ完成していないことなどという諸状況から、人族世界側の準備が整っておらず、具体的に獣人族を人族世界へと誘うことを今まで先延ばしにしてきていたのだ。
アーレシアの方ももうすぐ冒険者ギルド支部を発足させられそうとなり、ソードウェーブの政務庁関連施設もようやく動き出す目途が立ったため、本格的に獣人族の人族世界への受け入れを始めようと、調整に来たという訳だ。
しかし、ここで、一つ問題が生じた。
その大元が、このオズラだった。
オズラは獣人族の主都ハアルジーンの衛兵隊を率いる衛兵隊長だ。
彼はこう言った。
「われら、衛兵隊は常に訓練を行っている。いまさら人族の手ほどきなど不要! 魔物どもなどわれらが打ち払ってくれるわ!」
つまり、人族世界へ行って、冒険者ギルドなどへ所属して、経験を積むなどという必要などない。獣人族は獣人族の者のみで充分に戦力となれると、そういうのだろう。
「それは、むりだよ!? 魔物はそんなに甘くない! 魔物を知らない者に魔物は倒せない!」
オズラの言葉を受けたアルたち一行の中から、一際大きな声で異論を掲げたものがいた。
クアン・ハアルジーンだ。
クアンはこれまでの経験の中で、いかに魔物というものが強大で恐ろしいものかということを実際に経験してきている。そして、自身の自慢の俊敏さをもってしても、時にはかなりの深手を負わされた経験もあった。
そして何よりも、自分では全く歯が立たないアルや、チュリですら、ギリギリの戦いを繰り広げていることもある。
この間に至っては、アルは片腕を切り落とされ、3日ほど意識を失っていたという事もあったほどだ。
「クアン! 足が速いだけの小僧が、オレに意見するかぁ!」
オズラがカッと目を見開いて睨みつける。さすがに衛兵隊長だ、なかなかに威圧感がある。
クアンの体もすでに青年体へと変貌し、少年体のころに比べれば随分と大きくなったが、すでに成体になっているオズラと比べると二回りから三回りほども小さい。
オズラはバリバリの成体で、腕も足も胸も筋骨隆々で、明らかに筋力には差があるだろう。
しかも、その成体の中にあって隊長を務めているほどだ、戦闘に関しても相当の自信があると見ていい。
「オズラがどれだけ強くても、魔物には勝てないよ。そもそも今の獣人族では誰も強力な魔物には勝てない。せいぜい雑魚狩りができるかどうかってところだ」
「なんだとぉ!?」
「ボクはこの目で見てこの手でそれと戦ってきたんだ。嘘はつかない。オズラでも小鬼に勝てるかどうか怪しいよ」
「言ったな小僧ぉ、俺が弱いとそう言ってるんだな!?」
「そう聞こえただろう? ボクは嘘はつかないって」
「小僧ぉ! じゃあお前がそれを証明して見せろ! 勝負だ!」
――とまあこんな感じで、冒頭の結果となったわけである。




