第3章 二人の女(くのいち)(3)
3
ザアッ!
頭上から急降下する「それ」が二人目掛けて爪を繰り出す。
「わぁ!」
「きゃあ!」
二人は同時に短い悲鳴を上げると、地面の上を転がって躱す。
「それ」はまた急上昇して頭上を旋回し始める。明らかに二撃目を狙っている。
「ユフィ! みたぁ!?」
「はい! 何ですか、あれ!? 鳥? なのに足が4本でしたよ!?」
相変わらず「それ」はふわりふわりと頭上を旋回し、こちらを狙う構えだ。
「それに、でかい!」
「ええ、まるで虎の様でした!」
それを聞いたチュリはユフィが虎を知っていることに驚き、精霊族の世界にも虎はいるのだろうかと、ふと思ったが、そんなことを聞いている余裕はなさそうだ。
「また来る!」
「――!」
そう言った瞬間にまたも二人の体にふわりとした光が覆うと、先程と同じようにすぅっと体の中に染み入るように消える。
ユフィがこの瞬間にも無詠唱で何かの効果付与魔法をかけたのだろう。
「これで、すこし速度が上がります! 躱しざま、一撃見舞いましょう!」
ユフィが態勢を低くしつつ叫んだ。
「オッケー、外さないよぉ!」
と、チュリも応じる。
ごぉっと空気をつんざくような音を周囲に響かせながら、先程と同様に二人目掛けて「それ」が急降下を始める。
二人はクナイを構えて迎え撃つ態勢をとった。
果たして「それ」はユフィにめがけて一直線に向かっている。
「ユフィ! いったぁ!」
「はい!」
ざくぅ!
「くぅ!」
「ユフィ!?」
「だ、大丈夫です! 一撃、入れました! 手ごたえがありましたけど、少し浅かったです!」
「ナイスゥ! ――って、うわぁ! 次はウチに向かってきてない!?」
「それ」は今度は上空に急上昇するなり、くぃっと身を翻すと、旋回することなく次の急降下を始めたのだ。
ズァア!
ザンッ!
「それ」とチュリの影が交錯する瞬間、二つの空気を切り裂く音がほぼ同時に響く。
ギャアアアアアン!
「がぁ! 何この声! うるさい!」
「~~~~!」
おそらく「それ」の咆哮だろう。まるで空を揺るがすかのような悲鳴に似た叫びに二人は思わず耳を覆う。
そうして「それ」は今度は頭上で旋回することなく遠く空の彼方へと飛び去って行ってしまった。
「チュリ姐! 大丈夫ですか!?」
「う、うん、大丈夫。それより、一撃、前足の後ろ辺りに入れたけど、どのぐらいダメージを与えられたかは良く分からない。結構固かったよ?」
「どうやら、逃げていったみたいですね。それにしても「あれ」、何なのでしょう?」
「ウチも初めて見たよ。あんな動物いるって知らなかったよ」
「とにかく戻ってくる前に、先を急ぎましょう!」
「そうだね。ユフィも怪我はないかい?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
「じゃあ、いこう!」
チュリがユフィを労る言葉に、ユフィの表情がぱあっと明るくなる。なんだかんだ、チュリにしてみればかわいい妹のように思っているのだろうことがこういうところから伺える。
精霊族の寿命は非常に長く、人間の10倍かそれ以上といわれているが、成長曲線は大きく異なるのだろう。ユフィの年齢は450歳以上だが、精神的には見た目通りの「少女」だと思って差し支えない。
そう声を掛け合うと、二人は目的地、ヒイの町を目指して駆け出した。
「はぁはぁはぁ、やっとついたぁ~~!」
「はぁはぁ、ここがヒイ、ですね――」
二人はようやく町の入り口らしき門の前に辿り着く。
「門」といってもシルヴェリアやベイリールのように、石造りの強固なものではない。ただ簡単に木が組まれただけの簡素なものだ。そしてその先に町の主要通りが蛇行しながら伸びている。
町の規模はもちろんヤマトに比べるべくもないが、そこそこ大きい町のようだ。人の往来も、なかなかに多く、通りの両脇には露天商もちらほら見受けられる。
「ユフィの魔法のおかげで、結構走ったけど、そんなにきつくないよ。サンキューね、ユフィ」
「あ、ありがとうございます! 速度上昇付与と、耐性アップ付与で、走るのが楽になったんでしょうね。でも、それ以上にここ2カ月間の修業の成果の方が大きいと思いますよ?」
「ねぇ~~~~。随分と走らされたもんねぇ?」
「ふふふ、でしたねぇ」
幸い、あの鳥虎はあのあと戻ってくることはなかった。もしかしたら結構傷が深かったのかもしれないなとチュリは思わなくもなかったが、致命傷とは行かないとも感じている。そんなに深く入らなかったのはまだ手に残る感触が示している。
だが、ひとまず第一目的地のヒイには辿り着いた。
あとはこの町で「ヤマタ」の情報を集めるだけだ。
「さて……と。まずは宿探しからだね。ユフィは温泉好きだから、温泉があるところがいいよねぇ~」
「温泉好きなのはチュリ姐の方でしょ? そんなに恩着せがましく言わないでください」
「ははは、たしかに――」
「さあ、宿を探しましょう」
二人がそれから、通りに出店している露店を尋ね回り、程よい宿を見つけてそこに逗留することにしたときには、すでに日が暮れ始めるころだった。




