第4章 クアンの帰還(2)
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「すごいじゃない! ジャカぁ! クアン、勝っちゃったよぉ!」
ジャカの隣で同じように見守っていた獣人族の娘が、ジャカの肩を叩いて歓声を上げる。
「うん! あの子、本当に強くなったんだ――。すごい、すごいよね! あの、ちっちゃかったクアンが、あんなに大きくなって――」
ジャカは涙をこぼしながら、うんうんと頷いていた。
ジャカも青年体になっているため、すでにいっぱしの女性になっている。クアンも青年体へと変貌しているため、あの小さくぴょんぴょんと跳ねていた少年クアンではなかったが、相変わらずの話し方と、しっぽがぴょんぴょんと跳ねるしぐさに未だ面影は残っている。
ジャカは本当に心から嬉しかった。
クアンが家を出てからの数か月、毎日クアンの無事を祈っていた。
朝に、クアンの一日の無事を祈り、夕べには悪い知らせが来なかったことを感謝してまた祈っていた。
そうしてすでに5カ月が過ぎ自身の体も青年体へと変わり、この間クアンも成人の儀式を受けていた。
しかし、クアンが本当に戦闘するのを見たのは今回が初めてのことだ。無事でいるだけでよかったジャカだったが、実際にその雄姿を見せ付けられると、嬉しさの中にチクリと胸に痛みが走るのを感じる。
(ああ、もうあの子は一人で大丈夫なんだなぁ――)
「ちっちゃいクアン」はどこか危なっかしくてジャカは心配で心配で仕方なかったのだが、そんなクアンはもういない。
クアンはもう立派な戦士になったのだ。
(やっぱり、ちょっとさみしいな――)
そう思うのが憚られることを知りながらも、どうしてもそれが消せないでいた。
「ジャカぁ! 見ただろ! ボク、強くなったんだからぁ!」
クアンが涙する姉のジャカを人だかりの中に見つけて、手を上げて叫んだ。
「うん! よく頑張ったね、クアン! とてもかっこよかったよ!」
ジャカは精一杯声を振り絞って、この自慢の弟に手を振り、応えた。
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「いやぁ、参った! あのチビがここまで強くなるなんて、さすがにたまげたぞぉ!」
オズラはそう言いながら、ジョッキをぐぃと煽った。
もともとこの衛兵隊長は、豪快で快活な男だ。負けは負け。そういうところの潔さがあってこそ、人の上に立てる器であるともいえる。
「オズラさん、まさか、あんたも人族世界へ行こうなんて、思っちゃいないだろうなぁ?」
と、衛兵仲間の一人が煽る。
「――う~ん。たしかになぁ~。俺も、冒険者ギルドに登録しようかな?」
「へ? マジですか? あんたが出て行ったら、ここの守りはどうするんでさぁ?」
「そんなもの、誰でも務まるだろう? わがハアルジーンの衛兵隊は誰もが強兵だ。俺一人抜けても、びくともせんだろう?」
やや本気で考えている風な受け答えに、さすがに一同が驚きの表情を隠せないでいると、
「なにを馬鹿なことを言っておるか! お前にはここで衛兵隊をより強化する方法を考える役目があるじゃろうが! 自分の役目を放っぽり出して、出て行けるわけがないじゃろうが!」
と、大長老ヴェルボが一喝する。
「それについてですが、もちろん、人族世界への移住と冒険者登録はぜひ促していただきたいことでありますが、それとは別に、こちらの世界にも冒険者の師範代を派遣して、対魔物戦術訓練をしていこうと考えています――」
アルがこれに呼応するように、言葉を繋ぐ。
「――なので、オズラさんには、その者たちの補佐と、こちら世界での訓練の管理をお願いしたいと考えています。どうでしょう? お願いできますか?」
アルがうまくそこはとりなした。
「命令」という形ではなく、あくまでも、「依頼」という形をとる。もちろん、二つの種族の間に上下の関係はない。「こうしろ」ではなく、「こうしてもらえないか」という言い回しは、当然両者の関係をわきまえてのことだ。
「――おそらくこれに適任なのは、この世界にはあなたしかおりませんでしょう? 人族世界に旅立つものはあなた以外の者にお任せになって、あなたはこの国に残って役目を果たされるのが良いのではないですか? ――ねぇ、大長老様」
「そうじゃ、そのとおりじゃ! オズラ、お前はお前の役割をしかと果せ。そののち、人族世界に渡るというのであれば、その時は止めはせん」
と、ヴェルボがこの提案にしっかりと応じてくれる。やはりこの大長老様はなかなかの人物だ。
「がっはっは! 冗談ですよ、大長老様! はじめからそのつもりですわ! オレにも意地というものがありますでな。このまま負けたままで終わる気はありませんよぉ! クアン! 今度は負けんぞ!」
やや、酒が入りすぎている感が否めないが、なんとも豪快な御仁だ、嫌みはない。
「ええ? まだやるの? もういいよぉ」
とクアンが笑ってこれに応じると、一同もわぁっと沸き上がった。
結局、この日の晩は宴会が夜遅くまで繰り広げられ、わいわいと笑ったり、獣人族特有の調べを聞いたり、輪になって踊ったりと、久しぶりにアルたち一行にとっても戦闘を忘れられる、楽しい時間となったのだった。




