極限のカウンター
――ズドォォォォォンッ!!
視界のすべてが黒紅の火炎に呑まれ、講堂の壁面が背後の瓦礫ごと粉々に爆砕した。
大気圧そのものが弾け飛ぶような轟音。
超高熱の熱波が講堂の全方位へと吹き荒れ、粉塵と黒煙が濛々と立ち込める。
確実に肉体を消し炭にし、壁ごと叩き潰した――拳の芯に伝わる重厚な手応え。
「ハッ……! 仕留めたぜェッ! たかが研究者風情が、俺の獄炎に耐えられるわけが――」
狂喜の哄笑を上げ、煙の中から拳を引き抜こうとしたヴァルガの動きが、唐突に止まった。
男の金色の瞳が、驚愕に見開かれる。
「……あァ……!?」
拳の先、黒焦げになって崩れ落ちたのは――血肉ではなく、炎に包まれて宙を舞う「だぼだぼの白衣」だった。
直撃のわずかコンマ数秒前、私は袖口の留め具を魔導で弾き飛ばし、白衣の上着そのものを前方の空間へと大きく展開していたのだ。
布地の広がりと激しい爆炎が生み出した、極小の「視覚の死角」。
拳が破壊したのは、空っぽの上着と背後の壁面だけ。
「手応えを感じて勝ちを確信とは。戦闘狂の思考回路は、実におめでたい」
黒紅の炎と舞い散る白布の陰から、音もなく滑り込んできた影。
上着を脱ぎ捨て、黒のインナー姿となりヴァルガの懐の死角へと潜り込む。
「テメエ……いつの間にッ!?」
「四撃に一度の魔力過負荷。右拳を最大出力で打ち切った直後の〇・一八秒――あなたの左半身の魔力障壁は、完全に停止しています」
剥き出しになった私の細い腕に刻まれた魔導刻印が、青白い過負荷の燐光を激しく放つ。
私はヴァルガの無防備な左脇腹へ、特製の極細アンプルを握りしめた掌をゼロ距離で直撃させた。
仕込んでおいたのは、先ほどまでの防戦で私の障壁が吸収し、限界まで圧縮・保存していたヴァルガ自身の獄炎エネルギーそのもの。
「――我が手に集いし熱よ、一条の槍となりて貫け」
――ズドォォォォォンッ!!
零距離から放たれた極限の熱線が、男の左脇腹を文字通り貫通した。
自らの放った超高熱に内側から焼かれ、ヴァルガの巨躯が横倒しに吹き飛ぶ。
男の身体はホールの床を何十メートルも削りながら転がり、講堂の中央で濛々たる煙を上げて倒れ伏した。
「エルカ様……っ!!」
遠くの瓦礫の陰から、クラリスが目を見張って歓声を上げかける。
だが、私は乱れた息を整えながら、鋭い声でそれを制した。
「来ないでください、殿下! ……まだ、生きています」
焦土と化した講堂の中央。
脇腹から大量の血と黒煙を噴き出しながら、ゆっくりと身を起こした。
――だが、そこに逆上や暴走の気配は微塵もなかった。
立ち上がったヴァルガの瞳から、爛々とした狂気がすっと引いていく。
男は自らの傷口に手を当て、微弱な獄炎で器用に肉を焼き固めて止血すると、底知れない冷徹な光を帯びた目で私を見据えた。
「……カッカッ。大したタマだぜ、白衣の嬢ちゃん。上着で死角を作り、俺の循環の隙を突いて熱線を叩き込むとはな」
男は構えを低く落としながらも、視線をわずかに天井の亀裂――遠く学園の正門側へと滑らせ、戦況のすべてを冷徹に測り始めていた。




