不適合者のための魔導具
翌朝。
旧錬金棟の地下室と外壁の修繕は、朝日が昇りきる前には粗方片付いていた。
「……第4外周の遮蔽結界、接続完了。ついでに侵入者を感知する魔力波形の検知線も三層ほど張っておきました」
煤で少し汚れた指先を拭い、私は鼻梁のメガネを人差し指でツッと押し上げる。
現代の魔法使いたちが放置していた防護壁の亀裂を錬金パテで埋め、大気中の微弱な魔力を吸い上げて自律稼働する結界球を設置しただけだ。
ついでに、悪意を持った者が敷地内に足を踏み入れた瞬間、微弱な反発衝撃と警報の共鳴波を放つ簡単な感知器も仕掛けておいた。
前世の感覚からすれば日曜大工の延長だが、これで少なくとも、昨日のような有象無象の小物が無断で土足侵入してくる心配はない。
「エルカ様、朝食の準備ができました……! あ、あの、こんな質素なものしか用意できなくてごめんなさい……」
工房の奥から、エプロン姿のフィリアが湯気の立つ木皿を恐る恐る運んできた。
固い黒パンと、乾燥肉を刻んで煮込んだだけの薄いスープ。
学園の最底辺に追いやられ、実質的な支給を止められている彼女の懐事情を考えれば、精一杯の食事なのだろう。
「十分です。エネルギーの補給さえできれば、味覚の快楽に執着するつもりはありませんので」
私はボロ椅子に腰掛け、スプーンを口に運んだ。
素材の味しかしない薄味だが、丁寧にアクが取られていて雑味はない。
「……うん、悪くない処理ですね。フィリア、あなたの手際の良さは高く評価します」
「ほ、本当ですか……!? よかったぁ……!」
パッと顔を輝かせるフィリア。
犬なら尻尾を千切れんばかりに振っていそうな表情だ。
相棒だったレオンも、私が適当に調合した不味い栄養剤を「お前の薬は効くぜ!」と豪快に笑って飲み干す男だった。血筋というのは、つくづく恐ろしい。
スープを飲み干した私は、作業台の上に置いてあった『ある物』を引き寄せた。
「フィリア。食事の礼と言っては何ですが、これを受け取りなさい」
「えっ……? こ、これ……ですか?」
差し出されたものを見て、フィリアはきょとんと目を丸くした。
それは、使い古された黒革に銀の金具が埋め込まれた、一見すると何の変哲もない一対の手甲だった。
昨夜、工房の瓦礫の山から掘り起こした古代の残骸を、私が徹夜で叩き直して調律したものだ。
「両腕に装着しなさい。サイズはあなたの骨格に合わせて調整してあります」
「は、はいっ……!」
言われるがまま、細い両腕に手甲を通すフィリア。
留め具をカチリと締めた瞬間、革の表面に彫られた極細の幾何学模様が、かすかな銀色の燐光を帯びて皮膚に馴染んだ。
「わっ……!? す、すごい、腕に吸い付くみたいで……全然重さを感じません……!」
「当然です。それはあなたの体内を巡る『歪な魔力』を動力源として変換する魔導具ですから」
私はメガネの奥のジト目で、彼女の両腕を観察しながら淡々と解説を続ける。
「あなたのアシュフォードの血統は、魔力を体外へ放出して現象を起こす『魔法』には絶望的に向いていません。代わりに、体内の筋肉や骨格に魔力を高密度で圧縮・循環させる『生体強化』の適性が異常なまでに高い」
「せ、生体強化……?」
「ええ。現代の魔法使い共は、派手に火や氷を飛ばすことしか能がないため、その手の才能を『魔力の出ない落ちこぼれ』と切り捨てているみたいですね。愚劣の極みです」
私は立ち上がり、工房の隅に転がっていた、人が抱えるほどの巨大な鋳造用の鉄塊を指差した。
「フィリア。その鉄塊に向かって、軽く手のひらを押し当ててみなさい。魔力を放とうとする必要はありません。ただ『触れる』だけでいい」
「えっ……!? で、でも、あんなに重そうな鉄の塊、私なんかが触ったところで……」
「いいからやりなさい。私の計算に狂いはありません」
「は、はいっ……!」
気圧されたフィリアは、恐る恐る鉄塊の前へと歩み寄った。
そして、銀色に淡く光る手甲の手のひらを、おっかなびっくり鉄塊の表面へとペタリと乗せる。
その瞬間――
――キィィィィン……ッ!
澄み切った高周波の共鳴音が工房内に響き渡った。
フィリアの無意識の緊張によって漏れ出た微弱な魔力が、手甲の回路を巡り、数万倍の運動エネルギーと衝撃波へと瞬時に変換される。
ドォォォォンッ……!!
「ひゃああっ!?」
地響きのような轟音と共に、数百キロはある分厚い鉄塊が弾丸のように吹き飛び、工房の頑丈な石壁に深々とめり込んで静止した。
壁の破片がパラパラと床に落ちる。
「…………え?」
吹き飛ばした張本人であるフィリアは、自分の両手を交互に見つめ、ぽかんと口を開けて硬直していた。
「な……え……? て、鉄が……飛んだ……? わ、私、触っただけなのに……!?」
「循環効率は設計値通りですね。あなたの魔力漏出をわずか二割利用しただけで、小型の攻城兵器並みの衝撃圧が出せます」
私は満足して頷き、ズレたメガネを直した。
「それが、あなたが本来持っている力です。魔法など使えなくても、近づいて一発小突くだけで、どんな高位魔法使いの結界だろうと装甲ごと粉砕できますよ」
「わ、私が……攻城兵器……? こ、粉砕……?」
あまりのスケールに頭の処理が追いつかず、ぐるぐる目を回して震えるフィリア。
「さて。道具の動作確認も済みましたし、午後は敷地内の薬草の群生地を調べに行きますよ。……ついてきなさい、私の優秀なお世話係」
「は、はいぃぃっ! 一生ついていきますエルカ様ぁぁっ!」
規格外の破壊力に腰を抜かしかけながらも、フィリアは手甲を大事そうに抱きしめ、小走りで私の後ろを追いかけてきた。




