出来損ないの復讐
西日が差し込み、旧錬金棟の埃っぽい空気が琥珀色に染まる頃。
「おい、出来損ない! 言われた通り杖の修繕は終わったんだろうな!」
静寂を破り、乱暴に鉄の扉が蹴り開けられた。
現れたのは、金糸の刺繍が施された特級クラスの制服を着た男子生徒。取り巻きの生徒を二人連れ、これ見よがしに鼻を鳴らしている。
「あぅ……っ」
作業台の隅でビクッと肩を跳ねらせるフィリア。
私はボロ椅子に深く腰掛け、だらしなく足を組んだまま、メガネを指先で押し上げた。
(……確か、取り巻きAとBを引き連れた典型的な小物貴族。名前を覚える価値もありませんね)
「おや、噂の『魔力ゼロの赤毛』もここに転がり込んできたか。ゴミ溜めにゴミが増えたわけだ」
男子生徒は私を一瞥して嘲笑うと、怯えるフィリアの前へズカズカと歩み寄った。
「おい、杖を出せ。どうせ直せなくて泣きついてくるんだろうが……弁償代として金貨十枚は耳を揃えて払ってもらうからな?」
「あ、あの……杖なら、エルカ様が……」
フィリアがおそるおそる差し出したのは、先ほど私が十秒で調律を終えた一本の魔導杖だった。
男子生徒は鼻で笑いながら杖をひったくる。
「ハッ、どうせ傷をごまかしただけの紛い物――」
だが、彼が杖のグリップに触れた瞬間、言葉がピタリと止まった。
「な……んだ、これ……?」
男子生徒の手のひらから吸い上げられた微小な魔力が、杖の内部を驚異的な速度で循環し始める。
本来ならひび割れていたはずの先端宝玉が、澄み切った青白い光芒を放ち、工房内の空気を震わせた。
「な、なんだこれは……!? 一切の魔力の抵抗も感じない……!? バカな、こんなもの一介の職人でも作れるはずが――」
「言ったでしょう。修繕は完了していると」
狼狽える男子生徒に対し、私は椅子に背を預けたまま、退屈そうに口を開いた。
「ですが、その杖をそのまま使うのはおすすめしませんね。あなたの未熟で粗雑な魔力放出では、杖の最適化された変換速度に身体がついていかず――今まさに、手首の腱に負荷がかかっていませんか?」
「な、舐めるなよ平民が! 我が家門に伝わる中級火炎術式なら、この程度の杖など容易く――!」
プライドを刺激された男子生徒が、カッとなって杖を振りかざし、大声で詠唱を紡ぎ始めた。
――燃え盛る焔よ、我が敵を焼き尽くせ! 『インフェルヌス・フレア』!
仰々しい身振りと無駄に長い呪文。
杖の先端から勢いよく炎が吹き上がる――はずだった。
ボフッ……!
不発弾のような情けない破裂音と共に、黒い煙が男子生徒の顔面へと逆流する。
術式が途中で破綻し、熱エネルギーがすべて術者の手元で暴発したのだ。
「ぎゃあっ!? あ、熱っ……!? な、なんだこれ、俺の手が……!?」
煤まみれになって床に転がり、手首を押さえて呻く男子生徒。
取り巻きたちが真っ青になって駆け寄る。
私はため息を吐きながら立ち上がり、だらしない白衣のポケットに手を突っ込んだまま、見下ろすように歩み寄った。
「術式の第2節で無駄な魔力偏重が起き、無駄な損失が四割を超えています。……だから言ったでしょう。そんなお粗末な術式では私の魔道具は扱えません」
「き、貴様……っ! 何を細工した!?」
「細工などしていませんよ。私はただ、道具として極めて正常な回路に直しただけです。欠陥品だったのは杖ではなく、あなた自身の技術と術式構成の方です」
メガネの奥の冷徹なジト目が、男子生徒を射抜く。
「……私の工房を汚さないでいただけますか。実験の邪魔です。その煤まみれの顔を洗って、初等教育の魔法力学からやり直してきなさい」
「ひっ……! お、覚えてろよ……っ!」
男子生徒は恐怖に顔を引きつらせ、取り巻きに抱えられながら転がるように旧錬金棟から逃げ出していった。
静けさを取り戻した工房。
フィリアは信じられないものを見る目で、ぽかんと口を開けて私を見つめていた。
「す、すごいです……エルカ様……! あんなに威張っていた特級クラスの先輩が、一言も言い返せずに……!」
「勝手に自滅して勝手にビビって逃げただけです。……それよりフィリア」
「は、はいっ!」
「お腹が空きました。私の活動限界を迎える前に、何か食べられるものを用意しなさい」
「ふふっ、はい! すぐに作りますね、エルカ様!」
パッと花が咲いたような満面の笑顔を浮かべ、嬉しそうに台所へと駆けていくフィリア。
私はボサボサの赤毛をかきながら、埃だらけの工房を見渡した。
(さて……まずはこの工房の修繕から取り掛かるとしましょうか)
百年越しの復讐と研究は、まだ始まったばかりだ。




