狂刃の影
冷たく湿った地下連絡路を、二対の足音が駆け抜けていく。
カンテラの淡い魔光に照らされながら、私は前方を睨み、クラリスの手を引いて早足に進んでいた。
「エルカ様……! あの子たちは……セリアさんやシズクさんたちは無事でしょうか……!」
「無駄な心配は歩みを遅らせるだけです、殿下。……旧研究棟方面の魔力波形は二つとも消失。敵幹部二名のバイタルサイン遮断を確認しました」
白衣のポケットから取り出したエーテル測定器を横目で確認し、短く告げる。
波形の乱れ方から察するに、こちらの面々も無傷では済んでいないはずだ。だが、確実に生き残り、課せられた役目を完遂した。
(……やれやれ。あの子らも案外、私の講義を真面目に聞いていたようですね)
思えば、クロエの魔力制御を調律していた裏で、全員にそれ相応の個別メニューを課しておいて正解だった。
セリアには風魔術を単なる破壊や突風としてではなくその場の環境を支配する物理干渉として叩き込み、シズクには星銀鋼の結晶配列を利用した高周波共振による貫通力の強化、フィリアにはその剛力を殺さず受け流す魔導具の適応訓練を施した。
すべては、正面戦闘では勝てない格上の脅威を想定した「理詰めの搦め手」だ。
(私の理論通りに動けば勝てるのは当然ですが……あの土壇場で実戦投入し、形にしてみせるとは。評価を、少々引き上げねばなりませんね)
口元にわずかな皮肉と満足の笑みを浮かべつつ、私は連絡路の突き当たり――本館地下倉庫へと続く重厚な扉に手をかけた。
クラリスを見つめながら、人差し指を口元へ運ぶ。
「ここから先は本館です。気配を殺しなさい」
「は、はい……!」
ロックを解除し、扉を数ミリだけ押し開けた瞬間――濃厚な鉄錆の臭気と、焦げ付いた魔力の残滓が大気を通して鼻腔を刺した。
本館の地下から一階の大講堂へと続く吹き抜けのホール。
そこは、普段の厳格で美しい学園の面影を完全に失っていた。
破壊された大理石の円柱、砕け散ったステンドグラス。
床には無力化された教師陣や警備隊の騎士たちが倒れ伏し、黒煙が天井を覆っている。
「ひどい……! 先生たちが、こんな……!」
クラリスが口元を押さえ、息を呑む。
「致命傷は避けられているようですが、全員行動不能ですね。……戦術的な無力化というよりは、圧倒的な技量差で弄ばれたような傷口です」
私は散乱する瓦礫の陰に身を潜め、ホールの中央へと視線を向けた。
そこには、壊れた演壇の上に腰掛け、足を組む一人の男の姿があった。
真紅の長髪を乱雑に束ね、黒革のロングコートを羽織った男。
その足元には、学園屈指の実力者である上級教師数名が折り重なるように倒れている。
「……あいつが、頭領……」
男がふと顔を上げた。
一切の気配も魔力も漏らしていないはずのこちらの座標へ、狂気に濁った金色の瞳が正確に向けられる。
「――おいおい。旧研究棟のネズミ狩りにバルドとファルクを寄越したんだが……あいつらの気配が消えたぞ?」
男は演壇から音もなく飛び降りると、ゆっくりと瓦礫を踏み越えて歩み寄ってきた。
「おかげで待ちくたびれて、オモチャを全部壊しちまったじゃねえか。……なあ、王女様?」
肌を切り裂くような絶対的な狂気と血の匂いが、ホール全域を瞬時に呑み込んでいった。




