鉄壁の重鎧
――キィィィィィンッ!!
星銀鋼の高周波振動と、乱れた重力障壁の結節点が衝突した瞬間、耳をつんざくような鋭い金属軋み音が中庭に響き渡った。
波長を合わせられた重力結界が激しく波打ち、ガラスのように粉々に砕け散る。
「ぐっ……結界を直接、振動で破調させたか……!」
だが、歴戦の武人は怯まない。
結界を割られ、切先が黒銀の胸当てに食い込んだ刹那、バルドは左腕にしがみつくフィリアごと強引に身体を回転させた。
「――だが、浅いッ!」
重装甲の肩による強烈な体当たりが、シズクの胸元へ直撃する。
――ドガァッ!!
「ぐあぁっ……!」
シズクの身体が木の葉のように吹き飛び、石階段の壁面に叩きつけられた。
肺の空気を強制的に吐き出され、口端から鮮血が零れ落ちる。
「シズクさんッ!」
「他人の心配をしている暇があるのか」
バルドは左腕を振り抜き、しがみついていたフィリアの腹部へ大剣の柄頭を叩き込んだ。
――ズドォォンッ!
手甲の衝撃吸収術式が甲高い音を立てて弾け、フィリアの華奢な体が敷石を転がる。エプロンを泥と血に染め、肩で荒い息を吐きながら力なく膝をついた。
「見事な連携だった。……だが、俺の鎧は古代鉱石の積層装甲。結界を剥いだ程度で貫けるものではない」
バルドは大剣を静かに構え直し、二人を見下ろした。
胸当てにはシズクの刀によってわずか数ミリの傷が刻まれていたが、肉体への決定打には至っていない。
周囲の空気が、再び赤黒い重力波に呑まれようとしていた。
「これで終わりだ」
大剣が振り上げられたその時、壁に寄りかかっていたシズクが、血を吐き捨てながらゆっくりと立ち上がった。
足は激痛で震え、視界は霞んでいる。だが、その瞳には冷徹なまでの光が宿っていた。
「……確かに、その鎧は外から叩いても通らん」
「強がりか」
「いいえ。――『外殻が壊せないなら、内部の空間に直接エネルギーを流し込めばいい』。エルカ殿の教えだ」
「なに……?」
シズクは刀身を鞘へと静かに滑り込ませ、腰を深く落とした。
居合の構え。
先ほどフィリアの捨て身のアシストで刻み込んだ「数ミリの傷」――それこそが、金属の奥深くへ超高周波の魔力をダイレクトに流し込むための『接点』だった。
「小細工ごと、圧殺するッ!」
バルドが踏み込み、大剣を大地もろとも叩き割る勢いで振り下ろす。
超重力を纏った必滅の一撃。
だが、シズクの踏み込みは、その大剣の初速をわずかに上回った。
「紫電一刀流・極奥――」
大剣がシズクの頭上を断ち割る寸前、シズクは最小限の身のこなしで刃の軌道をかわし、バルドの懐の死角へ滑り込んだ。
親指が鍔を弾き、星銀鋼の切先が、先ほど刻んだ胸当ての傷口へ寸分の狂いもなく吸い込まれる。
「――鳴弦・穿心ッ!!」
――ガァァァァァンッ!!
刃の交錯音ではない。巨大な大鐘を内部から叩き割ったような、重厚な破壊音が響き渡った。
星銀鋼から放たれた極限の超音波振動が、装甲の表面を通過し、バルドの体内の水分と内臓へ一気に浸透。
外殻の金属装甲を破壊することなく、内部の肉体だけを直接共振させ、破裂させたのだ。
「が……はっ……!? ごふっ……!」
バルドの兜の隙間から、大量の血が噴き出した。
分厚い黒銀の鎧は外見上傷一つないまま、男の巨躯がグラリと揺らぐ。
「鎧の……内側を……直接……」
手から大剣が滑り落ち、硬い音を立てて敷石に突き刺さる。
バルドは膝を折り、地面に倒れ伏しながら、虚ろになった目でシズクを見上げた。
「……見事だ……東方の、剣士……」
重騎士の意識が完全に途絶え、その巨躯が静かに動かなくなった。
広場に重い静寂が戻る。
シズクは刀をゆっくりと納刀すると同時に、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。
「シズクさん……っ!」
泥だらけのフィリアが這い寄り、震える手でシズクの体を支える。
「……ふぅ。なんとか、討ち取ったぞ……。フィリア殿の勇気がなければ、真っ二つにされていた」
「私の方こそ……シズクさんがいなければ、今頃……」
二人は満身創痍の体を引きずりながら、背後の地下扉を見つめた。
旧研究棟の脅威はすべて排除された。
だが、地下連絡路の先――学園の本館では、いまだ戦火が上がっていた。
二人の祈りを背負い、戦いの舞台はエルカとクラリスの待つ本館へと移っていく。




