鉄殻のバルド
旧研究棟の裏手、地下連絡路へと続く石造りの階段前。
重苦しい沈黙を破り、重装甲の巨漢が、大地を揺らしながらゆっくりと歩みを進めていた。
手にした黒銀の大剣には、一撃で城門をも粉砕するような濃密な魔力が渦巻いている。
「王女の気配はすでに地下か。……だが、ネズミの逃げ道を塞ぐのに時間はかからん」
バルドの兜の奥から放たれる冷徹な眼光が、階段の前に立ち塞がる二つの影を射抜いた。
星銀鋼の刀を静かに正眼に構えるシズクと、その後ろでエプロンドレスの裾を整え、素手で佇むフィリア。
「……通すわけにはいかん。エルカ殿とクラリス殿下の道は、ここで我らが死守する」
シズクの刃が、紫黒の結界の光を浴びて冷たい銀光を放つ。
「東方の剣士と、ただの従僕か。……忠義立ては結構だが、実力差を弁えぬ足止めは無駄死にという」
男は一切の油断なく大剣を両手で構え、大地を踏み締めた。
「俺は『喰罪』の執行者、『鉄殻』のバルド。我が役目は王女の確実な排除だ。お前たちをいたずらに弄ぶ気はない。――全力で圧殺する」
「望むところだ……! 紫電一刀流・迅雷――ッ!」
シズクの身体が弾かれたように加速した。
初速から最高速に達する神速の踏み込み。
銀閃と化した刀の切先が、バルドの装甲の継ぎ目――首元めがけて閃光のように突き出される。
――ガギィィィンッ!!
激しい火花が散り、衝撃波が周囲の敷石を吹き飛ばした。
だが、シズクの研ぎ澄まされた刺突は、バルドの皮膚に届くことすら叶わなかった。
大剣の腹で受け止められたのではない。
バルドの鎧から噴き出した超高密度の黒い魔力障壁が、星銀鋼の刃をわずか数ミリの空隙で完全に停止させていたのだ。
「なっ……魔力障壁……!?」
「小細工の通じる鎧ではない。――失せろ」
バルドが大剣を一閃させる。
ただの力任せの薙ぎ払いではない。刃に纏わせた重力魔力が大気を巻き込み、不可避の暴風となってシズクを呑み込もうとする。
「シズク様、伏せてください!」
後方から飛び出したフィリアが、階段脇の巨大な石造りの手すりを素手でへし折り、大剣の軌道上へと叩き込んだ。
――ドガァァァンッ!!
何百キロもある石塊が一瞬で粉々に粉砕され、その破片の嵐の中でフィリアの細い腕が大剣の側面に触れる。
常人なら腕ごと消し飛ぶ衝撃。だが、フィリアは超常的な膂力と骨格強度でその衝撃を真正面から受け止め、大剣の軌道をわずかに上空へと逸らした。
「……ほう。細腕のメイドが、俺の大剣を受け流すか。ただの人間ではないな」
「私はただのエルカ様の専属メイドです」
フィリアが無表情のまま拳を握り直す。
だが、その手袋は裂け、袖口からはわずかに煙が上がっていた。
「シズクさん。敵の装甲は物理的強度だけでなく、術式による重力結界を常時展開しています。通常打撃による破壊は極めて困難かと」
「ああ、身をもって知った……。エルカ殿の調律した星銀鋼ですら、表面の結界を貫けん」
二人は間合いを取り、息を詰める。
力押しの怪物に見えて、その実、一挙手一投足に一切の隙がない歴戦の重騎士。
エルカの知識をもってしても、この場で弱点を即座に見つけ出せる相手ではない。
「次は両断する」
バルドが大剣を構え直し、静かに魔力を練り上げる。
重装甲の巨躯が放つ絶対的な威圧感を前に、シズクとフィリアは退路なき防衛戦の覚悟を決めた。




