白銀の皇太子と真紅の錬金術師
群がる貴族たちと、殺気立つフィリアたちの間で一触即発の空気が漂ったその時――。
「そこまでにしてもらおうか。我が妹の歓迎の宴を、無作法な諍いで汚すのは感心できんな」
涼やかな美声と共に、人混みを割って現れたのは生徒会長ユリウスだった。
白銀の礼服を完璧に着こなした皇太子が歩み寄ると、取り巻きの貴族たちはサッと道を開け、恐縮して頭を下げる。
「会長……!」
「ユリウス殿下……!」
ユリウスは周囲を柔らかく制しながら、私の前へと歩み寄り、胸に手を当てて優雅に一礼した。
その白銀の髪がシャンデリアの光を浴びて煌めく。
「美しい令嬢。群がる羽虫を払う労力を省きたいのであれば……この私と一曲、手合わせ願えないだろうか?」
「……『手合わせ』とは、ずいぶんと物騒な表現ですね」
私は小さくため息をつきつつも、周囲の鬱陶しい視線から逃れる最善手であると即座に計算した。
「運動エネルギーの浪費は本意ではありませんが……五分で終わらせるなら、付き合ってあげましょう」
私がワインレッドのドレスの裾をわずかにつまみ、白磁の手を差し出す。
ユリウスがその指先を恭しく取り、エスコートしてホールの中央へと歩み出た。
「ちょっ……ユリウス様ずるいですわ!」
「エルカ様の手を……!」
「ぐぬぬ……会長め……!」
外周でセリア、フィリア、シズク、クロエが目を丸くして身を乗り出す中、オーケストラが荘厳な宮廷舞踏曲を奏で始めた。
――スッ。
二人が呼吸を合わせた瞬間、ホールの空気が凍りついたように澄み渡った。
ユリウスのリードは、王家の正統たる非の打ち所がない完璧なもの。
そして――それに合わせる私のステップは、一切の無駄な揺れを排した、力学的に完璧な幾何学軌道を描いていた。
回転の遠心力、重心移動の初速、指先の角度、ドレスのドレープが広がる揚力に至るまで、全てが計算し尽くされた黄金比。
「……貴殿のそのステップ、王室典礼の最古の舞踏譜に酷似している。とても学園の落ちこぼれ特待生とは思えないな」
「余計な口を利かないでください。あなたの右ステップ、〇・二秒遅延していますよ。骨盤の傾きを修正しなさい」
「手厳しいな。貴殿ほど合わせやすいパートナーは初めてだよ」
ユリウスが不敵に微笑み、私をふわりと宙へとリフトアップする。
深紅のドレスが夜会の大広間に大輪の薔薇のように咲き誇り、シャンデリアの光を浴びて美しく舞い散った。
白銀の美丈夫と、妖艶な赤銅色の美少女。
二人が織りなす圧倒的な宮廷舞踏の美しさに、会場中の貴族も、騎士も、令嬢たちも、言葉を失って息を呑んだ。
「……あんな完璧な『王族の舞踏』、宮廷の夜会ですら見たことがありませんわ……」
セリアが呆然と呟く。
「エルカ様……まるで、本物の星の光みたいです……」
フィリアが胸を押さえて頬を染め、シズクは「美しい……」と刀の柄を握る手を緩めて見惚れていた。
最後の重厚な和音が響き渡り、ユリウスの手を取ったまま、私が完璧な角度で最終礼を決める。
――静寂。
そして次の瞬間、大広間全体が割れんばかりの拍手と歓声で揺れ動いた。
「見事だ、エルカ」
ユリウスが満足げに囁く。
「……二度とごめんです。足の指の筋肉が悲鳴をあげています」
冷淡に言い放つ私を、壇上のクラリス王女は、憧れに満ちた熱い眼差しで見つめていた。




