赤毛の令嬢と騒乱のダンスホール
シャンデリアが眩い光を投げかける歓迎レセプションの会場。
軽快な弦楽四重奏が流れる中、第一王女クラリス・フォン・グランツライヒは、生徒会長である兄ユリウスに付き添われ、壇上で貴族たちとの形式的な挨拶を交わしていた。
金糸の髪を丁寧に編み込み、清楚な白銀のドレスを纏ったクラリスは、まさに絵に描いたような深窓の令嬢だ。
だが、その貼り付けたような微笑の奥には、張り詰めた疲労と微かな怯えが滲んでいた。
「……なるほど。脈拍数は平常時の約一・三倍、呼吸は浅く、視線が〇・八秒ごとに周囲の護衛騎士へ泳いでいますね。著しくストレスを感じています」
会場の柱の陰で、私はワイングラスを片手に、遠巻きに王女の生体データを観察していた。
「エルカ特待生、立ち姿が本当に美しくて見惚れてしまいますわ……ですが、お口を開くとすぐに生体解剖のような分析をなさいますのね」
隣に立つセリアが、扇子で口元を隠しながら呆れたように笑う。
「……おい、あの方はいったいどこの公爵令嬢だ……?」
「見たことがない。あの艶やかな赤銅色の髪……それに、なんと透き通るような肌だ」
「小柄なのに、あのドレスの着こなしとプロポーション……息を呑むほど美しい……」
いつの間にこちらに気づいたのか、会場に居並ぶ貴族の男子生徒や若手将校たちの視線が、私へと突き刺さる。
さらに、令嬢たちまでもが「あのお召し物、どこの仕立てかしら」「立ち姿に一切の隙がないわ……」と頬を染めて見惚れていた。
当の私はといえば、胸元の圧迫感と慣れないヒールに心底うんざりしていた。
「視線の集中による心理的負荷で、胃酸の分泌量が増加しています。やはり帰って二度寝するべきでしたね」
「エルカ特待生、少しは自覚を持ちなさい! 殿方だけでなく令嬢たちの視線まで独占していますわよ!」
隣のセリアが扇子で口元を隠し、誇らしげにしつつも、周囲へ向けてピリピリとした警戒オーラを放つ。
すると、金刺繍の上着を纏った上級貴族の男子生徒が、意を決したように赤面しながら歩み寄ってきた。
「し、失礼、美しいお嬢さん。もしよろしければ、私と一曲――」
「お断りします」
私は相手が差し伸べた手を一瞥もせず、即座に冷淡に切り捨てた。
「有酸素運動による筋グリコーゲンの浪費は非合理的です。それにあなたの体幹は右に三度傾いており、ステップの同調率は著しく低いと推測されます。私の足を踏む確率が七十二パーセントを超える相手と踊る義理はありません」
「なっ……!?」
容赦ない言葉を浴びせられた男子生徒は、顔を真っ青にして後退りした。
「ふ、ふふん! エルカ特待生に近づくなど百年早いですわ!」
セリアが得意げに胸を張るが、次から次へと別の男子たちが群がってくる。
「あ、あの! では私とお話を――」
「エルカ様には近づかせません!」
――ズズズンッ。
控えめな給仕服を着たフィリアが、背後から音もなく現れ、巨大な壁のように立ちはだかった。
いつもは温和な琥珀色の瞳に、一切の笑顔がない。
「え、エルカ様はお疲れなんですー!」
フィリアが手にしたトレイを指先一つで『ミシッ……』と歪ませるのを見て、まわりがヒッと喉を鳴らす。
「エルカ殿! 我が背中に隠れるがよい!」
シズクが星銀鋼の刀の柄に手をかけたまま、鋭い眼光で周囲の男たちを睨みつける。
「エルカ殿に不敬を働く者は、我が刃の錆にしてくれる……! 」
「じゃ、じゃあ、私も守りますっ! 」
クロエが両手に水泡をバチバチと浮かべてパニックになりかける。
「クロエ、室内で放水するのはやめなさい」
特に気にもしていない当事者と、嫉妬と独占欲で完全に戦闘態勢に入った四人の美少女たち。
その異様な光景に、遠巻きに見ていた生徒会長ユリウスは、額を押さえて悩ましそうにつぶやく。
「……やれやれ。護衛対象のクラリスよりも、護衛役の彼女の方がよほど会場の視線を集めてしまっている」
「まあ、そちらに注目が移るのであれば好都合ではあるか」
壇上からその様子を見ていた第一王女クラリスもまた、目を丸くしたあと、ふふっと楽しそうに微笑んでいた。




