腐っても王国筆頭錬金術師
放課後の旧研究棟。
作業台が片付けられた工房の中央に、セリアが腕を組んで仁王立ちしていた。
「さあエルカ特待生! 王女殿下の前で失礼のないよう、このあたくしが直々に宮廷礼儀作法を叩き込んで差し上げますわ! まずはカーテシーの姿勢から――」
「セリア様、クロエさんの制服もお借りして、着替えのドレスも用意しましたよ!」
フィリアが両手に上品な紺碧のドレスを抱え、その後ろでは頭にタオルを巻いたクロエが「お、お手伝いしますっ!」と目を輝かせている。シズクも腕を組んで「うむ、礼節を学ぶのもまた武士の務め」と頷いていた。
「……はあ。著しく非効率な時間の浪費ですね」
私は分厚い錬金術書をパタンと閉じ、心底面倒そうに椅子から立ち上がった。
そして、ボサボサの赤毛を手ぐしで軽く整えると、無造作に羽織っていた白衣を脱いでフィリアへと預ける。
「手本を見せるまでもありません。王族に対する標準的な接見礼式――これで満足ですか?」
――スッ。
私の足先が滑らかに交差し、背筋が寸分の狂いもなく伸びる。
ドレスの裾を優雅につまみ上げるような手つきで、指先から首筋の傾き、視線の落とし方に至るまで、完璧な黄金比を描く極上の会釈を披露した。
一切の無駄がない、流麗にして息を呑むほど高貴な所作。
「…………え?」
「…………は?」
セリアのピンクの瞳が点になり、フィリアとクロエが口をあんぐりと開けて固まった。
「角度は正確に四十五度。頸椎から仙骨までの軸ブレはゼロ。宮廷儀典第十二条に定められた、最上級官僚が王族へ捧げる形式美です。……何か修正点でも?」
私が冷淡に視線を上げると、セリアが顔を真っ赤にして叫んだ。
「な、ななな、なんですのその完璧すぎる所作はーっ!? 公爵令嬢であるあたくしより隙がありませんわよ!? あなた、一体どこでそんな作法を身につけましたの!?」
「……身体動作の力学的最適化を突き詰めた結果に過ぎません」
私は丸メガネをツッと押し上げ、表情を一切崩さずに淡々と煙に巻いた。
「関節の負荷を最小限に抑えつつ、相手の重心と視線を誘導する幾何学的な立ち振る舞いを計算したら、たまたまその角度になっただけです。宮廷作法など、所詮は運動効率の産物に過ぎませんよ」
「力学的最適化でカーテシーが完璧になるわけありませんでしょう!?」
「ふぇぇ……エルカ先輩、理屈はよくわかりませんがすごいです……!」
クロエが目をキラキラと輝かせて両手を合わせる。
「……納得したならこの窮屈な訓練は即座に終了とします。私は二度寝に戻りますので」
「ま、待ちなさいエルカ特待生! 礼儀作法が完璧なら、次はお召し物ですわ!」
引き下がれないセリアが、フィリアの抱えていたドレスを奪い取って私の前に突き出した。
「いくら所作が美しくても、その寝癖頭と丸メガネのままでは王女殿下の護衛として釣り合いませんわ! さあ、このドレスをお召しになって、髪を綺麗に結い上げますわよ!」
「断固拒否します。装飾過多なドレスは運動性を著しく阻害し、敵襲時の初動対応速度を〇・三秒遅延させ――」
「エルカ様、絶対にお似合いになりますよ! はい、腕を通してくださいね!」
「わ、私も髪を結ぶのお手伝いしますっ!」
「エルカ殿、観念するのだ!」
「ちょっ……フィリア、服を引っ張るな! シズク、関節を極めるな! クロエ、水気を飛ばしてから触りなさい!」
理屈で煙に巻いた天才錬金術師の威厳も虚しく、工房の四組の手によって、私は無残にも着せ替え人形のように組み伏せられていくのだった。




