会長からの召集状
澄み切った朝の空気を切り裂く、鋭い風切り音。
――ビュンッ! ビュンッ!
旧研究棟の庭先で、シズクが星銀鋼の刀を握り、一切のブレもない完璧な素振りを繰り返していた。
汗に濡れた黒髪が朝日にきらめき、踏み込みのたびに足元の土がわずかに凹む。
「……はあ。朝の六時から他人の視界で筋肉を高速反復運動させるのはやめなさい。網膜が疲労します」
作業台の窓辺から顔を出し、ボサボサの赤毛を掻きながら私が冷淡に毒づいた。
シズクはピタリと切っ先を止め、清々しい笑顔で振り返る。
「すまぬ、エルカ殿! 留学生寮の周辺で木刀を振ると、神経質な貴族の生徒たちから『野蛮な東方の猿がうるさい』と苦情が絶えなくてな。……この広大で静かな工房の庭は、私にとって無上の道場なのだ」
「他人の敷地を勝手に道場認定しないでください。立ち入り税を徴収しますよ」
「もう、エルカ様ったら」
トレイにティーポットを載せたフィリアが、工房の扉を開けて庭先へ出てきた。
「シズクさんが毎朝ここで鍛錬してくださるおかげで、敷地内の草刈りも薪割りも全部片付いているんですよ? エルカ様も、昨晩遅くまで本を読んでいたんですから、早く温かいお茶を飲んで目を覚ましてください」
「そうですわよ、エルカ特待生。朝から文句ばかりおっしゃるものではありませんわ」
いつの間にか登校してきたセリアが、優雅に日傘を畳みながらテラスの椅子へ腰掛けた。
フィリアが手際よく淹れた温かい紅茶から、ベルガモットの華やかな香りが漂い、工房のテラスは瞬く間にいつものお茶会空間へと変わっていく。
「……ふん。フィリアの手料理があるから許しているだけです」
私がハチミツをたっぷり垂らしたスコーンを頬張り、ふにゃりと眉尻を下げた、その時だった。
――バサササッ。
青空から一羽の白銀の伝書鳩が舞い降り、私の目の前のテーブルへと器地に着地した。
その足には、王家の紋章が刻印された豪奢な封筒が結びつけられている。
「あら……? この封蝋、生徒会長の私用印章ですわ」
セリアが目を細める。
宛名を見ると、達筆な文字で『旧研究棟暫定管理者 エルカ殿』と記されていた。
「……ユリウスですか。あの腹黒皇太子からの手紙など、ろくな内容であるはずがありませんね。受取拒否で送り返しなさい」
「エルカ様、そうおっしゃらずに中身を確認してください……! 生徒会長様からのお手紙ですよ?」
フィリアに促され、私は心底億劫そうにペーパーナイフで封を切った。
中から現れた羊皮紙に目を通す。
「……何が書いてありますの?」
セリアが覗き込んできた。
「要約すると、極めて不愉快な労働要請ですね」
私は手紙を作業台へ放り投げ、淡々と内容を口にした。
「近々、王国の第一王女であるクラリス殿下が、学園の視察に訪れるそうです。……ただし今回は公式行事ではなく『お忍び』の私的視察。王宮の正規騎士団をつければ目立つため、随伴護衛は最小限に絞られるとのこと」
「クラリス王女殿下が……!?」
セリアが息を呑む。
「そこでユリウスは、表向きは生徒会役員が案内役を務めつつ、裏の護衛として我が工房の戦力――フィリア、シズク、そして私の魔導具によるバックアップを指名してきました。……『護衛の日までに、粗相のないよう最低限の身なりとマナーを整えておくように』だそうです」
「マナーと身なり……!」
フィリアとセリアの目が、カッと輝いた。
「もちろん、手紙の最後には『任意であり拒否も可能だが、今後の旧研究棟の予算配分や活動認可を考慮して賢明な判断を期待する』と、ご丁寧に脅迫文が添えられています。実質的な強制連行ですね」
「エルカ殿! 王女殿下の護衛となれば、一大事ではないか! 我が刀、必ずや殿下の盾となってみせよう!」
シズクが拳を握りしめて燃え上がる。
「ちょっとエルカ特待生、それどころではありませんわ!」
セリアが立ち上がり、私のボサボサの赤毛とだらしない白衣を指差した。
「王女殿下に拝謁するのに、その薄汚れた白衣と寝癖だらけの頭など絶対に許されませんわ! 今日から放課後は、あたくしとフィリアさんでエルカ特待生のマナー特訓とドレスの仕立てを行いますわよ!」
「は……? ドレス? 断固拒否します。布地の締め付けは血流を阻害し、脳の処理速度を低下させ――」
「エルカ様、頑張りましょうね! 私、可愛いドレスをたくさん選びます!」
「フィリア、裏切るのですか!?」
王女の来訪という国家規模の厄介事。
そして何より――身だしなみという名の最大の試練が、気怠げな天才錬金術師の身に降りかかろうとしていた。




