見えない刃
学園中央に位置する、巨大な円形実技演習場。
すり鉢状の観客席には、シズクの再戦を一目見ようと多くの生徒たちが詰めかけていた。
対戦相手として中央に立つのは、実戦魔導科の上級生であり、かつてシズクの刀を焼き鈍らせた張本人――火炎魔導を得意とする貴族令息、ガルドだ。
「おいおい、本当にあの東方の落ちこぼれが出てきやがったぞ」
「しかも、またあの時代遅れの鉄屑を腰に差しているぜ。魔力も満足に通せないナマクラで、ガルド様の業火に敵うはずがないのに」
観客席から投げられる嘲笑と野次。
特等席に陣取る生徒会長ユリウスは、顎に手を当てて静かに戦況を見つめ、その隣でセリアが扇子を握りしめて小さく舌打ちをした。
「……下品な連中ですわね。後で思い切り恥をかかせてやりますわ!」
「エネルギーの無駄遣いです。放っておきなさい」
その隣で私は観覧席の手すりに寄りかかり、フィリアから手渡されたハチミツ飴をもごもごと口の中で転がしながら、欠伸混じりに呟いた。
「事前の計算通りにいけば、所要時間は一・二秒。……シズクの初速に、現代魔術師の動体視力は追いつけません」
演習場の中央。
ガルドが紅蓮の杖を突きつけ、嘲笑を浮かべながらシズクを見下ろした。
「おいおい、イズモの猿! 前回の丸焼きで懲りなかったようだな! そのナマクラごと、今度こそ灰にしてやるよ!」
シズクは一切の言葉を返さなかった。
静かに、深く腰を落とし、左手で漆黒の鞘を握る。
右手の指先が、星銀鋼が打ち込まれた無銘の柄にそっと触れた。
――呼吸を整え、体内の生体電流を一点に収束させる。
エルカの言葉が、シズクの脳裏に静かに蘇る。
『相手の防護魔術を叩き割る必要はありません。ただ重心を落とし、円運動の軌道で刃を滑らせなさい』
「実技演習、開始!」
審判の合図と同時に、ガルドが獰猛な笑みを浮かべて杖を振り上げた。
「燃え尽きろ! 紅蓮の防壁――火炎槍ッ!」
ガルドの全身を分厚い炎の障壁が包み込み、頭上に巨大な火炎の槍が生成される。
魔力出力に任せた、力押しの多重展開。
だが――
――チッ。
小さな、火花が散るような金属音が響いた。
シズクの漆黒の鞘が、彼女の生体電流を感知して微細な術式を展開。
内部の摩擦係数がゼロへと反転し、星銀鋼の加速レールが刀身を物理限界の初速で撃ち出した。
刃の表面に展開された、数ミクロンのエーテル被膜。
――ヒュンッ。
空気が切断される音すら遅れて届くほどの、神速の一閃。
「……え?」
ガルドが瞬きをした瞬間には、シズクはすでに彼の間合いをすり抜け、背後で静かに残心を決めていた。
――カチリ。
シズクが刀を鞘へと納めた、その刹那。
――パリンッ!!
ガルドが誇らしげに展開していた分厚い火炎障壁が、まるで薄氷のように綺麗な斜めの直線を描いて両断され、四散した。
さらに、彼が手にしていた特注の魔導杖が、先端から真っ二つにズレ落ちて石畳へと転がる。
ガルドの額から、タラリと一筋の冷や汗が頬を伝った。
彼の首筋の皮膚には、血の一滴すら滲まないほど完璧な寸止めで、刃の通過した冷気だけが刻み込まれていた。
「ば……な……っ?」
杖を失い、障壁を紙のように切り裂かれたガルドは、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「しょ、勝者、シズク・クサナギッ!!」
審判の絶叫が響き渡り、演習場全体が水を打ったような静寂に包まれる。
やがて、観客席のあちこちから、事態を理解した生徒たちの驚愕のどよめきが爆発した。
「な、何だ今の……!? 詠唱も魔力光もなかったぞ!?」
「防護魔術ごと、杖を一瞬で切り落としたのか……!?」
その実力に敬意を示し拍手を送るユリウスと、得意げに胸を張るセリア。
フィリアは「シズクさん、やりましたね!」と嬉しそうに両手を合わせて微笑んでいる。
シズクはゆっくりと振り返り、観客席の最前列――退屈そうに飴を舐めている私へ向けて、深々と頭を下げた。
その瞳には、揺るぎない敬意と、生涯を捧げるに足る主を見出した熱い忠誠が宿っていた。
「……やれやれ。これで少しは、この学園の頭の硬い連中も静かになりますかね」
私はボサボサの赤毛を掻きながら、小さく息を吐いた。
こうして、厄介な東方の留学生を巡る一件は幕を閉じ――私の工房には、また一人、極めて優秀で手のかかる『生徒』が加わることになるのだった。




