旧校舎の地下ダンジョン(前編)
学園の最奥に位置する、苔むした旧校舎。
その地下へと続く重厚な鉄扉は、長年開かれた形跡のない錆びた鎖で固く封鎖されていた。
「……ここから先は、かつての大戦時に防空壕兼研究区画として使われていた立入禁止区画ですわ。生徒会のマスターキーで解錠いたしますけれど、何が出ても文句は言えませんわよ」
セリアが腰の鍵束から銀の鍵を差し込み、慎重に回す。
ギギギィ……と錆の擦れる鈍い音を立てて扉が開き、数百年にわたり澱んでいた冷気と濃密な古代エーテルの匂いが吹き出してきた。
「埃っぽいですね。私の呼吸器系が抗議の声を上げています」
私はボサボサの赤毛を鬱陶しそうに払い、片手に携帯用の小型エーテル測定器を持ちながら、だるそうに石段を降り始めた。
「エルカ様、足元が滑りやすいですから気をつけてくださいね!」
私のすぐ後ろを、フィリアが大きな採掘用の麻袋とツルハシを軽々と担ぎながらついてくる。
その手つきは、重労働の道具を抱えているとは思えないほど軽やかだ。
「……それにしても、不思議な組み合わせだな」
最後尾を歩くシズクが、刀を預けて素手であるにもかかわらず、鋭い視線で周囲の暗闇を警戒しながらぽつりと呟いた。
「稀代の頭脳を持つ特待生のエルカ殿。規格外の怪力と優しさを持つフィリア殿。そして、誇り高き公爵令嬢であり生徒会副会長のセリア殿……。身分も出自も異なる三人が、なぜそこまで自然に肩を並べて笑い合えるのだ?」
セリアが指先に小さな風の光球を灯し、前方を照らしながら振り返る。
「あら、あたくしたちが仲良く見えますの? あたくしは生徒会長から命じられた『監査役』として、この危険極まりない赤毛の怠け者を監視しているだけですわ!」
「建前は結構です。あなた、昨日の放課後も『監査』と称して三時間も工房のソファでお茶を飲んでケーキを食べていたでしょう。滞在時間と報告書の文字数が反比例しています」
「なっ……! そ、それは現場の空気を肌で感じるための重要なフィールドワークですのよ!」
顔を真っ赤にして反論するセリアに、フィリアがくすくすと笑い声を漏らす。
「ふふっ。でもシズクさん、エルカ様はぶっきらぼうで面倒くさがりですけれど、本当は困っている人を放っておけない優しい方なんですよ」
「事実無根の風評被害ですね。私はただ、美味しいお菓子を平穏に食べるための最短ルートを選択しているだけです」
「ほら、またそうやって素直じゃないんですから」
フィリアがふわりと微笑み、私の白衣の裾を小さく引いた。
その温かいやり取りを見つめながら、シズクの険しかった表情がわずかに和らぐ。
「……温かいな。私の故郷では、剣の道は常に孤独な修練の連続だった。学園に来てからも、落ちこぼれとして蔑まれ……誰かと背中を預け合うことなど、考えたこともなかった」
「なら、今日からは考えを改めることです」
私は立ち止まり、測定器の針が指し示す地下回廊の分岐点を見据えた。
「無意味な精神論の孤独など、生存確率を下げるだけの非効率です。……前方に生体反応。古い防衛機構がこちらの侵入を感知したようですね」
暗闇の奥から、カチ、カチ、と金属の関節が噛み合う不気味な駆動音が響き始める。
「シズク、武器がないからと退がる必要はありません。あなたの卓越した体幹と反射速度は、それ自体が優秀な索敵センサーです。……セリア、風の探知範囲を前方に絞りなさい。フィリアは私の斜め前をキープ」
「了解だ、エルカ殿!」
「任せなさい、気流の乱れで敵の位置を捕捉しますわ!」
「はい、エルカ様は私が守ります!」
エルカの気怠くも的確な指示のもと、四人は自然と陣形を組み、さらに深き地下の闇へと足を踏み入れていった。




