鍛冶師ガンツ
旧市街の最深部。
石炭の煙と焼けた鉄の匂いが立ち込める薄暗い路地の奥に、目的の鍛冶工房はあった。
カン、カン、カン――と、腹の底に響く重厚な金属音が規則正しく響いている。
工房の引き戸をくぐると、猛烈な熱気と共に、筋骨隆々の小柄な老人が姿を現した。
豊かな白髭を編み込み、煤で汚れた皮のエプロンを纏ったドワーフ――ガンツだ。
「……あン? 小綺麗な学園のガキどもが何の用だ。うちは魔術師様のお遊びに付き合う暇なんざねえぞ」
ガンツは巨大な金槌を炉の脇へ置き、ぎろりと鋭い眼光で私たちを見据えた。
無骨で荒々しいが、その立ち姿と床に整然と並ぶ道具の手入れ具合には、長年鉄と向き合ってきた者特有の張り詰めた気迫が宿っている。
シズクが一歩前へ進み出て、両手で愛刀を差し出し、深く頭を下げた。
「ガンツ殿とお見受けする! 私の未熟さゆえに焼き鈍らせてしまったこの東方の刀……どうか、貴殿の腕で打ち直していただきたい!」
ガンツは無言で刀を受け取ると、ゆっくりと鞘を払い、刀身を炉の明かりにかざした。
眉間に深い皺が刻まれる。
「……東方の折り返し鍛造だな。見事な仕事だ。だが……表面は炭化し、魔力の熱暴走で内部の結晶組織が軋みを上げてる。……叩き直せなくはねえ。だがな、小娘」
ガンツは静かに刀身を撫で、苦々しそうに息を吐いた。
「今のこいつの芯を生かしたまま不純物を叩き出すにゃ、この大陸の並の鉄じゃ強度が足りねえ。無理に打ち直せば、ただの脆い飾り物になっちまう。……刀の命をここで完全に殺すくらいなら、このまま休ませてやった方がマシだ」
冷徹な拒絶ではなく、道具を深く愛するがゆえの苦渋の判断。
シズクが「そんな……」と唇を噛み締める中、私は無言で作業台へ歩み寄った。
炉の横に置かれた、ガンツが今まさに鍛錬していた鋼片。
私は錬金硝子越しにそれを一瞥し、静かに呟いた。
「……炭素含有率〇・七パーセント。叩くたびに火花が細かく散り、不純物が均一に外へ弾き出されている。……鍛冶師殿、あなたの打撃は完璧ですね。鉄の温度勾配を皮膚感覚で完璧に制御している」
「あァ……?」
ガンツが不審そうに片眉を上げる。
私は丸メガネを指先でツッと押し上げ、作業台の上に置かれたシズクの刀を指差した。
「あなたの見立て通り、この刀の『芯』はまだ生きています。そして、並の鉄を混ぜれば強度不足で自壊するのも事実。……ですが、もしも高密度の魔導伝導率を持ち、炭素鋼と分子レベルで結合する『星銀鋼』を炉内で還元・浸炭させることができたら?」
「な……ッ!?」
ガンツの濁った瞳が、カッと見開かれた。
「星銀鋼だと……!? 馬鹿言え、ありゃ熱膨張率が違いすぎて、並の折り返し鍛錬じゃ鉄と反発して弾け飛ぶぞ!」
「通常の炉ならそうですね。ですが、炉の還元剤に『乾燥させた霊木の灰』を用い、酸化皮膜の生成を遅らせながら千三百度で均一加熱すれば、星銀鋼の結晶は純鉄の隙間に綺麗に滑り込みます。……あなたのその卓越した打撃技術があれば、弾け飛ぶ前に結合を固定できるはずですが?」
私は淡々と、だが的確に、ガンツの腕前を前提とした鍛造理論を提示した。
「…………」
ガンツは腕を組み、顎髭をしごきながら、じっと私の顔を見つめた。
やがて、その口元がグニャリと歪み、豪快な笑みを刻む。
「……ハッ! 口先だけの魔術師かと思えば、とんでもねえ化け物を連れてきやがったな」
ガンツは巨大な手の平で、私の背中をバシィンと豪快に叩いた。
「いてっ……暴力は非合理的です。骨密度が低下します」
「ガハハ! 気に入ったぜ、赤毛の嬢ちゃん! 理屈を並べるだけの学者なんざ反吐が出るが、鉄の声をそこまで正確に読める奴を見たのは何十年ぶりだ! いいぜ、俺の金槌、そいつのために振るってやる!」
「ガンツ殿……っ!」
シズクの瞳に歓喜の光が宿る。
「ただしだ!」
ガンツは金槌を作業台へドンと突き立てた。
「理屈は通っても、肝心の『星銀鋼』がなきゃ始まらねえ。……あれが採れるのは、学園の旧校舎の地下最深層、古代の魔力だまりだけだ。危険な場所だが……取ってこれるか?」
「星銀鋼……旧校舎の地下深層ですのね」
セリアが腕を組んで頷く。
「……やれやれ。鉱石採掘ですか。著しくエネルギーを消費する重労働ですね」
私が心底億劫そうに肩をすくめると、セリアがニヤリと小悪魔のように微笑んだ。
「ふふ、帰り道にヴェルナー堂の焼き立てハニーワッフル、あたくしがホールで全額奢って差し上げますわよ?」
「…………」
私はメガネを押し上げ、小さく息を吐いた。
「フィリア、旧校舎地下への探索準備をしなさい。ついでに古代の遺構データも回収します」
「はいっ、エルカ様!」
本物の職人と奇妙な絆を結んだ私たちは、至高の刀を完成させる素材を求め、学園の地下深くへと足を踏み出すことになった。




