いざ、職人街へ
昼食を終え、温かいお茶の湯気が揺れる工房。
おにぎりを綺麗に完食したシズクは、膝の上の愛刀を慈しむように撫でながら、ふと眉を曇らせた。
「……しかし、東方の特殊な鋼を打ち直せる鍛冶師か。この王都で探すとなると、容易ではないな。学園の専属工房を何箇所か当たったが、どこも『魔術付与の効率が悪い鉄屑など知らん』と鼻で笑われただけだった」
「当然ですわね。今の学園の魔導鍛冶師なんて、既製品のインゴットに定型術式を焼き付けるだけの型落ち職人ばかりですもの……ただ」
セリアが優雅にカップを傾け、勝ち誇ったようにピンク色の瞳をきらりと光らせた。
そして、制服のポケットから一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上へパチンと置く。
「……何ですか、それは」
私がだるそうにメガネを押し上げると、セリアは「ふふん」と胸を張った。
「公爵家の情報網を舐めてもらっては困りますわ! 学園の外れ、旧市街の職人街のさらに奥……かつて王室御用達の鍛冶師を務めながら、現代の魔導偏重に唾を吐いて野に下った『偏屈なドワーフの老鍛冶師』が隠れ住んでおりますの」
「ドワーフの鍛冶師……!?」
シズクが身を乗り出す。
「ええ。名はガンツ。東方の折り返し鍛造にも精通し、かつては大陸中の名剣を手掛けた本物の巨匠ですわ。……ただ、極度の人間嫌いで偏屈。『魔力頼りの軟弱者』と見なせば貴族だろうと容赦なくハンマーで追い返すような頑固親父だそうですけれど」
「構わん! 門前払いされようと、三日三晩座り込みをしてでも頼み込むまでだ!」
シズクが立ち上がり、拳をぎゅっと握りしめる。
武士らしい直情的な覚悟。だが、私は冷めた紅茶をすすりながら、容赦なく現実を突きつけた。
「無駄ですね。職人気質のドワーフは感情論の懇願など最も嫌います。座り込みなどすれば、ただの迷惑行為として熱湯を浴びせられて追い返されるのがオチです」
「ぐっ……そ、それは……」
「エルカ様、何か良い方法はないんですか……?」
フィリアが心配そうに私を見つめてくる。
「行く必要すらありません。私は工房で新しい術式の検算をしなければならないのです。他人の刀の修繕のために、わざわざ埃っぽい職人街まで歩くなどエネルギーの無駄遣いです」
私が即座に拒絶して本を開こうとした、その時――
「あら、残念ですわね」
セリアがわざとらしく大きなため息をついた。
「旧市街の職人街といえば、百年の伝統を誇る老舗菓子店『ヴェルナー堂』の総本店があるのですけれど。……あそこの名物、最高級の結晶蜜を練り込んだ『王室特製ハニーワッフル』、焼き立ては外がサクサクで中がとろけるような甘さで絶品ですのに。……興味がないのでしたら仕方ありませんわね?」
「…………」
私のページをめくる手が、ピタリと止まった。
(……結晶蜜のワッフル。熱力学的最適温度で焼かれたサクサクの生地にとろける極上の糖分……)
特製レンズの奥で、私のジト目がわずかに揺らぐ。
フィリアが「あ」という顔をし、セリアがニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべた。
「……仕方ありませんね。職人街の大気中エーテル濃度を測定するフィールドワークのついでです。決して菓子の類に釣られたわけではありません」
「はいはい、分かっておりますわ!」
「エルカ殿……! 恩に着る……っ!」
感動で瞳を潤ませるシズクと、嬉しそうに外出の準備を始めるフィリア。
こうして、極めて不本意ながら――頑固な老鍛冶師と、至高の糖分を求めて、私たちは学園の外へと足を踏み出すことになった。




