旧錬金術研究棟
大講堂を出て、手入れの行き届いた中庭を抜ける。
華やかな噴水や美しい白亜の校舎を背に、私は学園の敷地外縁――鬱蒼とした森に囲まれた裏手へと歩みを進めていた。
すれ違う貴族生徒たちの冷笑や囁き声が耳に届くが、気にするだけ思索の邪魔になる。
「……ふう。少し歩いただけで息が上がるとは」
立ち止まり、だらしなく垂れ下がった制服の胸元をパタパタと仰ぐ。
鼻梁の丸メガネを人差し指で押し上げ、私は自分の華奢な両手をジト目で見つめた。
生まれ変わって十五年。
未だにこの『女の肉体』という器には、どうにも馴染めない点が多い。
(筋力は前世の男だった頃の半分以下。重い坩堝を運ぶだけで腰にくるし、無駄に重心が低くて歩幅も稼げない。……おまけに、この鬱陶しい赤毛です)
風に揺れる長髪を邪魔そうにかき上げる。
手入れをサボっているせいで毛先は乱れ、試薬の匂いがかすかに染み付いている。周囲の令嬢たちが毎朝何刻もかけて髪を編んだり、肌に香油を塗ったりしているのを見ると、無駄の極致に眩暈がするほどだ。
そもそも、なぜ自分が百年後の世界で、没落貴族の娘として生を享けたのか。
その根本的な理由は分かっていない。
(……私の最後の記憶は、工房の作業台で新しい魔導具の展開式を記していたところまでだ)
相棒が死んだという凶報を受け、悲しむ暇すら惜しんで、彼と遺した共同研究に没頭していた。
気づけばこの身体で赤子として産声を上げていたため、てっきり食事も忘れて衰弱死でもしたのだろうと軽く考えていたのだが。
(あの愚直な男の死が仕組まれた暗殺だった以上……私の死も、ただの病死とは思えませんね)
だが、あやふやな過去の死因を悔やんだところで何の真理にも辿り着かない。
重要なのは、目の前にある現実をどう合理的に紐解くかだ。
森の奥へ進むにつれ、周囲の景色は荒れ果てていく。
雑草が生い茂り、敷石が割れた小道の突き当たりに、目的の建物が見えてきた。
――『旧錬金術研究棟』。
ツタが絡まり、窓ガラスの一部は割れ、半ば廃墟と化した石造りの洋館。
百年前、私が王立筆頭錬金術師(ラーイス・アル=キミヤ)として国王から賜り、日夜爆発音と煙を撒き散らしていた工房そのものだった。
「……酷い有様ですね。外壁の対魔防護陣が完全に風化しています」
丸メガネの奥の瞳を細め、特製の錬金硝子越しに建物の魔力構造を視界に収める。
現代の魔法使いたちは、錬金術を「時代遅れの紛い物」と見下して放置したようだが、基礎の構築式だけは百年前の私の設計がそのまま残っていた。
ギギィ……と錆びついた重い鉄の扉を押し開ける。
埃っぽさと、懐かしい硝酸や硫黄の匂いが鼻腔をくすぐった。
「誰にも邪魔されない空間。潤沢な敷地。そして、地下には学園の全魔力脈が集中する結界の要……」
だらしない白衣のポケットに両手を突っ込み、私は薄暗い工房を見渡して小さく口角を上げた。
「追放処分にしては、随分と贅沢な研究環境を用意してくれたものですね」
さて、まずは工房の掃除と、破綻した結界の調律から始めるとしよう。
そう思って奥へ足を踏み出した、その時だった。
「ひっ……!? ご、ごめんなさい! すぐに片付けますから、ぶたないで……っ!」
埃まみれの作業台の陰から、小さな悲鳴が上がった。
怯えたように頭を抱えて縮こまる、みすぼらしいローブを着た一人の少女。
その少女が反射的に漏らした魔力の波形を捉えた瞬間、私の丸メガネの奥の目が、わずかに見開かれた。
(……この、独特の歪みを持つ魔力循環の癖は――)
百年前、共に研究を重ねたあの暑苦しい騎士の面影が、脳裏をよぎった。




