魔力適性0の神童
豪奢なシャンデリアが照らし出す王立魔法学園の大講堂は、熱気と傲慢な選民思想で満ちていた。
純白の礼装に身を包んだ貴族の令息令嬢たちが、互いの家柄と血統を誇らしげに語り合っている。
そんな華やかな喧騒の最前列で、私は小さくあくびを噛み殺した。
(……結界の循環効率が悪いですね。第3基点にわずかな魔力漏出がある。100年経ってもこの程度の術式しか組めないのですか、現代の魔法使いは)
無造作に伸ばされた鮮やかな赤毛は、寝癖で少しボサついている。
サイズが合っていない制服の袖口から指先を出し、私は天井の魔導照明をジト目で観察していた。
周囲の貴族生徒たちからの冷たい視線が突き刺さる。
「おい、見ろよあの赤毛……貧乏貴族の出らしいぞ」
「身なり一つ整えられないのかしら。不潔ね」
「だが、今年の筆記試験で歴代最高得点――満点を叩き出した特待生だそうだ」
侮蔑と、わずかな警戒。
彼らの小言など、私の耳にはただのノイズに過ぎない。
私がこの王国最高峰と呼ばれる学園にわざわざ潜り込んだ理由は、名誉でも立身出世でもない。
目的はただ一つ。
(……待っていなさい、馬鹿騎士め)
制服のポケットの中。
指先で触れた小さな黒ずんだ金属片――100年前に死んだ私の研究対象、元魔法騎士隊長の鎧の残骸に意識を向ける。
公式記録では『魔族討伐戦における不慮の事故死』。
だが、私が錬金術で復元・解析した残留魔力は、明確に告げていた。
彼を穿ったのは魔族の爪ではない。背後から撃ち込まれた、王国上層部しか知り得ない最高位の貫通魔法術式だった。
事故ではなく、謀殺。
そして、その術式の波形データを保管・管理している中枢こそが、この学園の最深部にある『深奥の大書架』なのだ。
「新入生筆記試験首席、エルカ・ラインハルト。前へ」
試験官の厳格な声が講堂に響いた。
ざわめく講堂の中、私はだるそうに足を動かし、壇上へと上がる。
壇上の中央には、新入生の魔力総量と属性適性を計測するための『大魔力測定水晶』が鎮座していた。
筆記満点の神童を囲むように、学園の重鎮や貴族教師たちが期待に満ちた笑みを浮かべている。
「さあ、水晶に両手をかざしなさい。貴様がどれほどの魔力を秘めているのか、全校生徒に見せてやるがいい」
試験官が誇らしげに告げる。
この学園は筆記試験の点数だけで入学枠を確定させ、実技である魔力測定を入学式の見世物として後回しにする悪習がある。だからこそ、私は筆記を満点で通過してここまで来たのだ。
「……はい」
私は言われた通り、無表情のまま両手を水晶に触れさせた。
一秒。
二秒。
三秒。
水晶は――青くも、赤くも、微かな燐光すら放たなかった。
静寂。
針の落ちる音すら聞こえそうな沈黙が、大講堂を支配する。
「……ん? おい、魔力を込めろ。緊張しているのか?」
「込めていますよ。最初から」
淡々と答える私に、試験官の顔が引きつる。
彼は慌てて水晶の基盤を調べ、目盛りを確認し――そして、信じられないものを見る目で目を見開いた。
「て、適性値……ゼロ……? 漏出魔力、完全なる皆無……!?」
「なっ……!?」
ざわめきが、一瞬で嘲笑と怒号の嵐へと変わった。
「ゼロだと!? 魔法が使えないのか!?」
「平民どころか、ただの無能じゃないか!」
「筆記満点など、どこかから回答を盗んだカンニングに違いない!」
「学園創立以来の恥晒しだ! 我が校に魔力を持たぬ寄生虫の居場所などない!」
壇上の教師たちの顔は真っ赤に染まり、侮蔑の言葉をこれでもかと投げつけてくる。
特待生の資格は即座に剥奪。
実家の父親から届いていた「無能なら二度と我が家の敷居を跨ぐな」という絶縁状が、頭の中で鮮やかにフラッシュバックした。
試験官が唾を飛ばしながら、私に追放を言い渡す。
「貴様のような出来損ないを通常クラスに入れるわけにはいかん! 学園の最果てにある『旧錬金術研究棟』へ行け! そこで誰にも迷惑をかけず、カビの生えたゴミでも弄っているがいい!」
完全なるどん底。
社会的にも、環境的にも、この学園の最下層への追放処分。
周囲の貴族生徒たちが、まるで汚物を見るような目で私を指差して笑っている。
だが――
「……そうですか。わかりました」
私はボサボサの赤毛を鬱陶しそうにかき上げ、誰にも見えない角度で口元をわずかに吊り上げた。
(大騒ぎですね。最初から魔力など1ミリも持っていませんよ。100年前から、私はずっと『持たざる者』ですから)
魔力がないからこそ、私は錬金術を極めたのだ。
環境魔力を物質でハックし、神気取りの魔法使いどもを凌駕するための技術を。
(それに……旧錬金術研究棟、ですか)
そこは100年前、私が宮廷筆頭錬金術師として使っていた工房の跡地であり――
学園の結界中枢と、目的の『深奥の大書架』の真上に位置する、潜入調査にとって最高の特等席だった。
「では、失礼します。研究の準備がありますので」
罵声を浴びせ続けるエリートたちを一瞥もせず、私はだらしなく白衣を羽織り直して、悠然と講堂の出口へと歩き出した。
百年前の謀殺の真相を暴き、傲慢な魔法至上主義を解体するための時間は、たっぷりとある。




