講義の成果
翌日の実技演習場。
午後一番の『高等属性魔導演習』は、学園屈指のエリートたちを集めた特級クラスの合同授業だった。
「――では、ヴァレンシュタイン副会長。前へ」
白髭を蓄えた老教授が、演習場の中央を指し示す。
そこには、分厚い魔導防護が施された数十体の頑強な標的岩が配置されていた。並の魔法使いであれば、全力の術式を叩き込んでも数体を砕くのが関の山という代物だ。
「よろしくてよ」
セリアは凛とした足取りで前へと進み出た。
見事なピンク色の縦ロールを揺らし、愛用の翠玉の魔導杖を構える。
周囲の貴族生徒たちから、羨望混じりの囁き声が漏れる。
「セリア様の第四階梯『嵐塵滅砕陣』が見られるぞ」
「学園一の風使いの術式だ。また派手に的が粉砕されるに違いない」
だが、セリアの瞳に宿っていたのは、いつもの傲慢な自信ではなかった。
彼女の頭の内にあったのは、昨日の工房でエルカに赤ペンで徹底的に叩き直された、極限まで無駄を削ぎ落とした数式と、フィリアが淹れてくれた温かなお茶の記憶だった。
(……力任せに風を回すのではない。中心を冷やし、外側を温める……気圧差の波形を、環境魔力と同調させる……!)
セリアは静かに目を閉じ、杖の先を標的岩の群れへと向けた。
紡がれたのは、昨日までとはまるで異なる、短く研ぎ澄まされた詠唱。
「――至高なる風よ、理に従いて廻れ」
その瞬間――
ドッと巻き起こるはずだった爆音も、荒れ狂う暴風の咆哮も一切起きなかった。
代わりに発生したのは、涼やかで澄み切った一筋の旋風。
標的岩の中心核に極小の冷気結節が生まれた瞬間、大気中の熱エネルギーが自律的に巻き込まれ、不可視の気圧の刃が渦を巻いて収束した。
――キィィィィン……ッ!
美しい硝子細工が鳴るような高周波の共鳴音。
直後、十数個の巨大な標的岩が、一瞬にして豆腐のように綺麗な断面を描いて滑り落ち、砂煙すら上げずに石畳の上へと崩落した。
標的の全滅。
消費された魔力は、従来の術式の三分の一以下。
セリアの息はまったく乱れておらず、額に汗ひとつ浮かんでいない。
「…………な」
老教授が持っていた採点板をパタリと取り落とした。
演習場を埋め尽くしていた生徒たちも、目を見開いたまま声を失っている。
「ば、馬鹿な……!? 詠唱時間を七割も短縮し、消費魔力を極限まで抑えながら、この切断力……!? ヴァレンシュタイン副会長、これは一体いかなる術式改変です……!?」
教授が震える声で問い詰める。
かつてのセリアなら、高笑いをして家柄と己の才能を誇示していただろう。
だが今のセリアは、ふっと満足そうに息を吐き、杖を下ろすと、小さく口元を緩めただけだった。
(……本当に、言われた通りになりましたわ。あの赤毛の特待生、本当に底が知れませんわね……!)
胸の奥で湧き上がる高揚感。
キィン、コォォンと午後の終了を告げる鐘が鳴り響いた瞬間、セリアは踵を返した。
「セリア様! これからの風紀委員会定例会議は――」
「今日の会議は書面での報告で済ませますわ! 私にはこれから、至急検証しなければならない極めて重要な研究課題がありますの!」
呼び止める取り巻きの声を背中で制し、セリアは教科書とノートを抱え、早足で演習場を駆け出していった。
その向かう先が、学園の最果て――忌み嫌われる『旧錬金棟』であることに、周囲の生徒たちはざわめきを隠せない。
「……おい、見たか?」
「セリア副会長、最近毎日のようにあの旧研究棟に通い詰めているらしいぞ」
「魔力ゼロの特待生と、アシュフォードの落ちこぼれがいる、あのゴミ溜めにか……?」
遠巻きに見つめる生徒たちの群れから、少し離れた本校舎のバルコニー。
その不穏なざわめきとセリアの背中を、静かに冷ややかに見下ろす影があった。
白銀の刺繍が施された、生徒会最高峰の漆黒のマント。
学園の絶対的な頂点――生徒会長の鋭い視線が、旧錬金棟の方向へと静かに向けられていた。




