特権階級の理不尽
ギギィ……と錆びついた旧錬金棟の鉄扉を開けると、夕暮れの冷たい風が吹き込んできた。
石造りの前庭には、白と金を基調とした風紀隊の制服を着たエリート魔術師たちが、杖を構えて半円状に包囲陣を敷いている。
その中央で、見事なピンク色の縦ロールを揺らし、腕を組んで仁王立ちしているのが、生徒会副会長――セリア・フォン・ヴァレンシュタインだった。
「やっと出てきましたわね、赤毛の無能。……おとなしく連行されなさい。フィリア・アシュフォードの身柄は、学園の規律に基づき我が風紀委員会が預かります!」
セリアが細身の魔導杖をビシッと突きつけてくる。
私はだらしない白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、メガネを指先でツッと押し上げた。
「……連行の根拠は何ですか、騒音令嬢」
「なっ……!? だ、誰が騒音令嬢ですの! わ、私はヴァレンシュタイン公爵家の――!」
「名乗りは不要です。二度も同じ無駄を聞かせるのは時間効率の侵害です」
冷徹に言葉を遮ると、セリアのピンク色の眉がピクリと跳ね上がり、白い頬が怒りで朱に染まる。
「……よろしいですわ! 根拠を教えて差し上げます! アシュフォードの出来損ないが、騎士科特待生であるガルディス卿に対し、演習場で凶悪な魔導具を用いて重傷を負わせました! これは明確な特権貴族への反逆および殺人未遂です!」
「却下ですね。論理が破綻しています」
私は淡々と、白衣の胸ポケットから一枚の薄い硝子記録盤を取り出し、セリアの目の前にかざした。
そこには、演習場で記録された魔力波形が、青い燐光のグラフとして浮かび上がっている。
「これが演習場の計測データです。先に殺傷性の極めて高い第三階梯の雷撃術式を展開し、無防備な生徒へ斬りかかったのはガルディス側。フィリアの手甲は、その攻撃を感知して純粋な反発衝撃を返しただけ――学園規則第十二条における『明白なる正当防衛』です」
「な……っ!? そ、そんな記録盤など、いくらでも偽造できますわ!」
「偽造? この魔力周波数の指紋データは、学園の大結界が常時記録している環境ログと完全に一致しますよ。……それとも生徒会副会長ともあろうお方が、数式の検算もできないのですか?」
「な、ななな……っ!」
痛烈な正論を突きつけられ、セリアは言葉に詰まって目を白黒させた。
だが、その背後に控えていた風紀隊の隊長格――取り巻きの上級生が、苛立たしげに前に出る。
「セリア様、このような平民の口車に乗る必要はありません! いかに理屈を並べようと、魔力すら持たぬ寄生虫と裏切り者の血筋が、名門貴族に怪我を負わせた事実に変わりはないのです!」
「そうです! 貴族の尊厳を傷つけた罪は重い! 実力で捕縛し、地下の反省室へ叩き込めばよいのです!」
エリートたちの瞳に宿るのは、法や正義などではない。
底辺と見下していた者たちにプライドを脅かされたことに対する、浅ましい選民思想の怒りだった。
セリアは一瞬躊躇したものの、副会長としての面目を保つため、杖を構え直して語気を強めた。
「……そういうことですわ。大人しく投降しないのであれば、風紀委員会の実力行使をもって――」
「……はあ。やはり百年経っても、権力に胡座をかいた愚か者の思考回路は進歩しませんね」
私は深いため息を吐くと、だらしなく羽織っていた白衣の裾をわずかに払った。
腰のベルトに提げられた、自作の錬金調律器――銀色の細身のシリンダー型魔導具に指をかける。
「フィリア。扉を閉めて、奥で待っていなさい」
「えっ……エルカ様!? でも、相手は風紀隊の精鋭とセリア様ですよ……っ!?」
「問題ありません。……少しばかり、初等教育の魔法力学を教えてやるだけです」
カチリ、と背後の扉が閉まる。
私のメガネの奥――特製の錬金硝子が、夕闇の中で淡い黄金の燐光を帯びた。
風紀隊全員の魔力循環、大気中のエーテル濃度、そして彼らが展開しようとしている術式が、私の網膜にすべて数式となって丸裸に浮かび上がる。
「全員、杖を構えろ! 反逆者を一斉捕縛しろ――!」
風紀隊の十数人が一斉に杖を掲げ、夕暮れの前庭に仰々しい詠唱が響き渡った。




