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無能召喚士、追放先で『呼んではいけない存在』を呼んでしまい辺境最強になる  作者: 怪人卒塔婆庵


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第8話 没落令嬢エルザ


その女が拠点に乗り込んできたのは、よく晴れた昼下がりだった。


「ごめんあそばせ! ここに、ミストとかいう召喚士がいると聞きましたの!」


扉を蹴破る勢いで現れたのは、豪奢な――いや、よく見ると少しほつれた――ドレスを纏った令嬢だった。歳は俺と同じくらいか。鮮やかな紅色の髪を縦に巻き、胸を反らし、顎をこれでもかと持ち上げて、見下すようにこちらを睨んでいる。


「あなたがミスト? ふん、噂ほどの大物には見えませんわね。もっと厳めしい御方かと思っておりましたのに」


「……誰だ、あんた」


「まあ! わたくしを知らないとおっしゃるの!?」令嬢は、わなわなと震えた。「わたくしはエルザ・フォン・グラナート! 名門グラナート伯爵家の令嬢ですわよ! ……まあ、その、家は、ちょっと、事情がありまして、没落、しましたけれど……」


最後の方は、急に声が小さくなった。


「とにかく!」気を取り直すように、エルザはまた胸を張った。「わたくし、あなたに依頼があって参りましたの。光栄に思いなさい。このわたくしが、平民の召喚士に頭を下げに――いえ、下げてはいませんわ! 対等な取引に来てさしあげたのですから!」


フレアが、俺の袖をつんつん引っ張った。


「ねえミスト……この人、なんか、うるさいね」


「こら! 聞こえておりましてよ、そこの獣人の娘! うるさいとは何ですの、失礼な!」


『くく』壁際の羅睺が、珍しく愉快そうに喉を鳴らした。『面白い娘が来たな。この家、ずいぶん静かだったゆえ、ちょうどよい』



落ち着かせて話を聞くと、エルザの事情はこうだった。


グラナート伯爵家は、かつて辺境一帯を治めた名門だった。だが先代の代で没落し、今やエルザに残されたのは、誰も寄りつかない一つの旧領のみ。


「その旧領が……"呪われている"んですの」


エルザは、急に表情を曇らせた。さっきまでの高飛車な態度が、嘘のように。


「グラナートの森――昔から、不吉な土地だと言われていました。森に入った者は、悪夢を見る。"見られている"という感覚に苛まれて、二度と戻ってこない者もいる。だから領民たちは、森を恐れて……今では、その近くの村も、人が減る一方ですの」


「それで、俺に?」


「ええ。あなた、封じられたものを祓う力があるのでしょう? 噂で聞きましたわ。夜叉だの、炎の少女だの……。だったら、グラナートの森の"呪い"も、なんとかできるかもしれない。そう思って……」


エルザは、ぐっと唇を噛んだ。それから、深々と――頭を下げた。


「お願い、しますわ。あの森の呪いを、解いてください。領民たちが、安心して暮らせるように。報酬は……正直、ほとんど払えませんけれど。それでも、わたくし、領主として……あの人たちを、放っておけませんの」


さっきまでの高慢ちきな令嬢は、そこにいなかった。


頭を下げているのは、没落してなお、領民を想う一人の領主だった。プライドの高さは、たぶん、強がりだ。没落しても、誇りだけは捨てまいと、必死に背筋を伸ばしている。本当は、心細くて、領民のために頭を下げることだって厭わない、熱い心を持った娘なのだ。


俺の目には、それが見えた。


「……いいぜ。引き受ける」


「ほ、本当ですの!?」エルザが、顔を上げた。その目が、ぱあっと輝く。「あ、ありがとう……! いえ、ありがとうございますわ! さすが、わたくしが見込んだだけの――」


「報酬は要らない。困ってるなら、それでいい」


「……っ」


エルザの顔が、みるみる赤くなった。


「な、なんですの、その……! 施しのつもり!? わたくし、グラナート家の令嬢ですのよ! タダで助けてもらうなんて、そんな、惨めな……!」


「じゃあ、解決したら飯でもおごってくれ。それで貸し借りなしだ」


「……っ、め、飯って……あなた、令嬢に向かって、飯って……!」


わたわたと慌てるエルザを見て、フレアがくすくす笑った。ヴァナ(仔狼サイズ)が、面白そうにエルザの足元の匂いを嗅ぐ。


「ひゃっ!? な、なんですのこの狼! ち、近寄らないでくださ……あら、ふわふわ……いえ! 近寄らないで!」


なんというか――騒がしい娘だった。


だが不思議と、嫌な気はしなかった。これまで、静かで達観した連中ばかりだった俺の周りに、急に賑やかな風が吹き込んだような。そんな感じだった。



その夜。


エルザは「宿を取るお金が……」と言いかけて、慌てて「い、いえ! グラナート家の令嬢たるもの、野宿くらい平気ですわ!」と見栄を張ったので、俺は呆れて、拠点に泊めてやることにした。


フレアが「いっしょに寝よ!」と引っ張っていき、エルザは「け、結構ですわ!」と言いつつ、満更でもなさそうについていった。


その様子を眺めながら、俺は羅睺に尋ねた。


「羅睺。グラナートの森の"呪い"、どう見る」


『ふむ』人型の羅睺が、目を細めた。『あの娘の話を聞く限り――"見られている"感覚、悪夢、人を遠ざける力。これは、おそらく』


羅睺の声が、低くなった。


『"視る"ことを司る存在だ。それも、見てはならぬものまで視通す、忌まれた妖。――また一つ、封じられたものが、お前を待っているようだぞ、縁の子』


俺は、窓の外、闇に沈むグラナートの森の方角を見つめた。


見られている――その感覚。見てはならぬものを視通す、忌まれた存在。


これまでの羅睺、カルラ、ヴァナとは、また毛色が違う。力でねじ伏せる存在ではない。だが、だからこそ――その"視る力"は、戦いとは別の意味で、俺たちにとって大きな意味を持つかもしれない。


そして、もう一つ。


俺は、はしゃぐエルザを、そっと見た。


没落してなお、誇りと熱を失わない娘。強がりの裏に、折れない芯を持った娘。


もし、その森の妖を喚び出すことになったとき――それを宿せる器が必要になるのだとしたら。


その器に、ふさわしい人間に、心当たりがある気が、していた。


「……まあ、まずは森に行ってからだな」


俺は呟いて、賑やかな夜を、もう少しだけ眺めていた。


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