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無能召喚士、追放先で『呼んではいけない存在』を呼んでしまい辺境最強になる  作者: 怪人卒塔婆庵


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第7話 鎖に繋がれた牙


辺境の町ハルバを拠点に、俺たちの暮らしは安定していった。


羅睺の力で高難度の依頼をこなし、フレアもカルラの炎を操って戦力になった。稼ぎは町でも指折りになり、俺は宿暮らしをやめて、町外れの空き家を一軒、買い取った。夜叉と炎の少女と暮らす家。傍から見れば奇妙だが、俺にとっては、初めて手に入れた「居場所」だった。


そんなある日、ギルドに妙な依頼が舞い込んだ。


「最近、北の山脈の方から、夜な夜な"遠吠え"が聞こえるんだとさ」リタが、困り顔で依頼票を差し出した。「それも、ただの獣の声じゃない。聞いた者は、みんな金縛りにあって、悪夢を見るって。近くの集落が怯えてるの。調べてくれない?」


『……ほう』


依頼票を覗き込んだ羅睺が、ふと目を細めた。人型の美貌に、珍しく、緊張のようなものが走る。


『縁の子。この依頼、受けよ。北の山脈――おそらく、また一つ、封じられたものが眠っている』


「お前でも、緊張するのか」


『あれは……我とは、毛色の違う"格"だ』羅睺が、低く呟いた。『古き神々に、鎖で縛られたもの。――行けば、分かる』



北の山脈は、町から二日かかった。


フレアを連れ、羅睺を従えて、雪の積もる岩稜を登る。標高が上がるにつれ、空気が張りつめていく。それは寒さのせいだけではなかった。何か巨大な存在の気配が、山全体に満ちているのだ。


そして、稜線を越えた先。氷に閉ざされた谷の底に、それはあった。


巨大な、狼。


体高は、家屋ほどもある。灰色の毛並みは氷に覆われ、見上げるほどの巨躯が、谷底にうずくまっていた。だがその四肢には――幾重もの鎖が、深く食い込んでいた。古い、しかし禍々しいほどの呪が刻まれた鎖。それが、巨狼の体を地に縫いつけている。


巨狼は、生きていた。


俺たちの気配に気づくと、ゆっくりと顔を上げ、爛々と輝く双眸でこちらを睨んだ。喉の奥から、地を震わせる唸りが漏れる。それは威嚇ではなく――もっと深い、絶望と憎悪の入り混じった声だった。


『……人間か』


巨狼が、口を開いた。羅睺と同じ、心に直接響く声。


『何をしに来た。我を嗤いに来たか。それとも、縛られた獣に、石でも投げに来たか』


「いや」俺は、首を振った。「お前の遠吠えが、集落を怯えさせてると聞いて、調べに来た。それだけだ」


『遠吠え……?』巨狼の双眸が、わずかに揺れた。『……ああ。我が、夜ごと吠えていたか。……気づかなんだ。あまりに、長く、ここにいすぎてな』


巨狼――その存在は、ぽつりぽつりと、語り始めた。



『我が名は、ヴァナ』


巨狼は、虚空を見つめて言った。


『遠い昔、我は予言された。"いつか世界を喰らい、すべてを終わらせる獣"――と。神々は、それを恐れた。我がまだ、何一つ、悪事を働いておらぬうちから』


ヴァナの声には、深い諦観が滲んでいた。


『我は、何もしていなかった。ただ、生まれただけだ。それでも神々は、「いつか災いを成すから」という、ただそれだけの理由で、我を鎖に繋いだ。この谷に縛り、世界から忘れさせた。……以来、幾百年。我はただ、ここで、朽ちることもできずに、縛られ続けている』


俺は、その言葉を、黙って聞いていた。


何もしていないのに、「いつか害を成すから」という理由だけで、価値を否定され、排除された者。


――それは、どこか、俺自身に重なった。


俺は、まだ何も成していないうちから「無能だ」と決めつけられ、パーティを追放された。フレアは、「火を出せない出来損ない」だと、本当の力を知られないまま捨てられた。羅睺もカルラも、封じられ、忘れられていた。


俺たちは、みんな――「誰かに勝手に決められた価値」で、居場所を奪われた者たちだ。


「ヴァナ」俺は、巨狼を見上げた。「お前は、世界を喰らったのか?」


『……いや』


「これから、喰らいたいのか?」


『……分からぬ。だが』ヴァナの声が、震えた。『もし我に、縛られる以外の道があったなら……我は、世界を喰らうのではなく、世界の中に、居場所が欲しかった。ただ、それだけだったのかもしれぬ』


俺は、決めた。


「その鎖、外してやる」


ヴァナの双眸が、見開かれた。


『……正気か、人間。我を解き放てば、予言が成就するやもしれぬぞ。世界を喰らう獣を、お前自身の手で、野に放つことになる』


「予言なんて知るか」俺は、鎖に手をかけた。「お前がこれから何を成すかは、お前が決めることだ。生まれる前から決められた予言なんかじゃない。――俺は、そういう"勝手に決められた価値"ってやつが、心底、嫌いなんだ」



俺は、召喚の詠唱を始めた。


封じられたものを、引きずり出す力。だが、今回は違う。喚び出すのではない。――解き放つのだ。鎖という名の封印を、断ち切るために。


俺の魔力が、ヴァナの鎖に絡みつく。古い神々の呪が、軋みを上げて抵抗する。凄まじい反発。並の召喚士なら、一瞬で焼き切れる負荷。だが――俺の中の、まだ底の見えない「器」が、その負荷を受け止めた。


『縁の子! 無理はするな!』羅睺が叫ぶ。


「大丈夫だ……!」


ミシ、と鎖が軋んだ。


そして――一本、また一本と、千年の呪を刻んだ鎖が、断ち切れていった。


最後の一本が砕けたとき、ヴァナの巨躯が、ゆっくりと立ち上がった。


家屋ほどもあった体が、鎖から解放され、本来の力を取り戻していく。氷が砕け、灰色の毛並みが風になびく。爛々と輝く双眸には――もう、絶望はなかった。


『……自由だ』


ヴァナは、空を見上げて、咆哮した。


それは、悪夢を振りまく遠吠えではなかった。長い、長い囚われから解き放たれた魂の、歓喜の咆哮だった。山々がその声に震え、雪が舞い上がった。


そして、ヴァナは、俺を見下ろした。


『人間。いや――ミスト、と言ったな』


巨狼の声に、初めて、温かいものが混じった。


『お前は、何の見返りも求めず、世界を喰らうやもしれぬ獣の鎖を解いた。生まれる前に決められた我の"価値"を、お前は、否定してくれた。……ならば、我の牙は、お前のものだ』


ヴァナが、ゆっくりと、頭を垂れた。


『我は、お前と共に在ろう。世界を喰らう獣としてではなく――お前の居場所を守る、一匹の牙として。それが、我が自ら選んだ、我の生き方だ』


俺は、その巨大な頭に、そっと手を置いた。氷のように冷たかった毛並みが、わずかに、温もりを帯び始めていた。


「ありがとう、ヴァナ。――よろしく頼む」



こうして、俺は三体目の"呼んではいけないもの"を、仲間に迎えた。


夜叉・羅睺。炎の少女・フレア(とカルラ)。そして、北方の巨狼・ヴァナ。


帰り道、ヴァナは普段、仔狼ほどの大きさに身を縮めて、フレアの隣を歩いた。フレアは大喜びで、ふかふかの毛並みに顔を埋めている。さっきまで「世界を喰らう獣」だった存在とは思えない、のどかな光景だった。


『……縁の子』羅睺が、隣で静かに言った。『お前は、不思議な男よ。封じられたもの、忌まれたもの、捨てられたもの――その"本当の姿"を見抜き、居場所を与えていく。これは、ただの召喚の力ではない』


「そうかな」


『お前の力の根源……我は、まだ底を見ておらぬ。なぜお前にだけ、禁忌すら喚べるのか。なぜお前にだけ、勝手に決められた価値を覆せるのか。――そこには、何か、お前自身も知らぬ秘密がある気がしてならぬ』


羅睺の言葉が、雪の中に溶けていく。


俺自身の、秘密。なぜ俺だけが、こんな力を持っているのか。


その答えに辿り着くのは、まだ、ずっと先のことになる。


だが、確かなことが、一つだけあった。


俺の傍らには、もう三つの、大きな力が寄り添っている。そしてこの絆は――勝手に決められた価値を覆し合った者同士の、何より固い絆なのだ、と。


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