第6話 銀翼の剣、墜つ
――勇者アレク・ヴァンスは、苛立っていた。
「おい、索敵はどうなってる! さっきから魔物に不意打ちされてばっかりじゃねえか!」
王都近郊のダンジョン。かつて「銀翼の剣」が無敗を誇った狩り場で、アレクは部下を怒鳴りつけていた。
「す、すみません、アレクさん。でも、どこから魔物が来るのか、全然読めなくて……」
斥候役の青年が、青ざめた顔で詰る。無理もなかった。さっきから、パーティは何度も奇襲を受けている。物陰から、頭上から、足元から。まるで魔物の位置がまったく把握できていないかのように。
――いや、「かのように」ではない。事実、把握できていないのだ。
アレクは舌打ちした。
(なんでこんなことになってる。前はこんな、初心者みたいなヘマ、しなかったはずだ……)
※
銀翼の剣が綻び始めたのは、あの召喚士――ミストを追放してから、すぐのことだった。
最初は、些細なことだった。ダンジョンの罠に、やたら引っかかるようになった。以前なら見抜けていたはずの隠し通路を、見逃すようになった。魔物の奇襲を、許すようになった。
アレクは、それをパーティの「気の緩み」だと思っていた。
だが、違った。
「アレク」聖女ミラが、暗い顔で言った。「ねえ、気づいてる? ミストがいた頃は、こんなこと、一度もなかった」
「……あいつがなんだってんだ」
「ミストの召喚獣……あの子、いつも小さい使い魔を何匹も呼んでたでしょう。鼠とか、蝙蝠とか、虫みたいなのとか。私たち、あれを"雑魚しか呼べない無能の証拠"だって、笑ってた」
ミラの声が、震えた。
「でも、あれ……索敵してたんだよ。あの小さい使い魔たちが、ダンジョン中に散らばって、魔物の位置を、罠の場所を、隠し通路を……全部、ミストに伝えてた。ミストはそれを、さりげなく私たちに教えてくれてた。『この先、右だ』『そこ、罠がある』って」
アレクは、言葉を失った。
思い出す。確かにミストは、いつも先回りして指示を出していた。アレクはそれを「当たり前のこと」だと思っていた。リーダーである自分の指揮が優れているから、パーティは順調なのだと。
違った。あの地味な使い魔たちが、パーティの目となり、耳となり、命綱になっていたのだ。
「……装備も、そうだ」
パーティの魔導士が、震える声で続けた。
「俺たちの装備、いつもミストが選んでくれてた。『この剣はやめておけ』『この防具がいい』って。あいつ、召喚士のくせに、なんで装備に詳しいんだろうって思ってたけど……今思えば、あいつの目は、物の"本当の価値"を見抜いてたんだ。俺たちが今使ってる装備、ミストがいなくなってから自分で選んだやつだけど……どうも、性能が引き出せてねえ。下手すりゃ、呪われた装備を掴まされてる」
パーティに、重い沈黙が落ちた。
索敵。罠の回避。装備の選定。補給の管理。――それらすべてを、ミストが一人で、誰にも気づかれないように支えていた。
そしてアレクたちは、その全部を「自分たちの実力」だと勘違いして、ミストを「何の役にも立たない無能」と嗤い、追放したのだ。
※
その日のダンジョン攻略は、無惨な失敗に終わった。
魔物の奇襲で斥候が深手を負い、罠で魔導士が足を砕き、アレク自身も呪われた剣のせいで本来の力を出せず、命からがら撤退した。報酬どころか、治療費で大赤字。「銀翼の剣」の名は、王都で少しずつ、嗤いものになり始めていた。
「Aランクパーティが、こんな浅いダンジョンで撤退だってよ」
「最近の銀翼、めっきり弱くなったよな」
「勇者様も、案外大したことねえんじゃねえか?」
そんな陰口が、酒場のあちこちで囁かれる。
アレクは、宿の一室で、一人、拳を握りしめていた。
(なんでだ。なんで、こうなった。俺は勇者だぞ。選ばれた人間なんだ。あんな無能の召喚士が、いなくなったくらいで……)
認めたくなかった。自分たちの栄光が、見下していた男の支えの上に成り立っていたなんて。
だが、現実は、容赦なく突きつけられる。
ミストがいなくなって、初めて分かったのだ。あいつが、どれほどの「目」を持っていたかを。あいつが、どれほどパーティを支えていたかを。
「……ミスト」
アレクは、誰もいない部屋で、その名を呟いた。
それは、後悔の始まりだった。
そして――この後悔が、底なしの転落の、まだほんの入り口にすぎないことを、このときのアレクは、知る由もなかった。
※
一方、その頃。
辺境の町ハルバでは、ハズレ召喚士ミストの名が、まったく逆の方向で広まり始めていた。
夜叉を従え、炎の少女を従えた召喚士。中央の誰も呼べぬ格の存在を、いくつも喚び出す異能の男。その噂は、辺境の枠を越えて、少しずつ、中央へと逆流し始めていた。
追放した者は墜ち、追放された者は昇る。
二つの運命は、まだ、交わらない。
だが――いずれ必ず、再び交わる。そのとき、どちらが嗤う側で、どちらが嗤われる側になっているのか。
答えは、もう、出かかっていた。




