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無能召喚士、追放先で『呼んではいけない存在』を呼んでしまい辺境最強になる  作者: 怪人卒塔婆庵


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第4話 夜叉の相


フレアを引き取ってから、数日が過ぎた。


温かい飯と眠れる寝床。それだけのことで、フレアは見違えるように変わっていった。痩せこけていた頬には少し肉がつき、虚ろだった目には、子どもらしい光が戻りつつあった。まだ口数は少ないが、時折こちらを窺うように見上げてくる。


「ねえ、ミスト」その日、フレアが珍しく自分から口を開いた。「あたしの中の"火"って、ほんとに、あるの?」


俺は本を読む手を止めた。


「ある。前にも言っただろう」


「でも、何にも感じないよ。あったかくもないし、燃えてる気もしない」


確かに、フレアの中の火は不思議だった。俺の目には、確かにとてつもない熱量として見える。だが——それは彼女自身のものというより、彼女の内に"押し込められた別の何か"のように見えるのだ。器に蓋をされた炎。本人の意思とは無関係に、深く封じられている。


正直に言えば、俺にもその正体は分からなかった。ただの魔力にしては、あまりに異質で、あまりに格が高い。


『——縁の子』


壁にもたれていた羅睺が、ふいに目を細めた。人型の美貌に、緊張が走る。


『客が来るぞ。それも、穏やかでない手合いだ』


その言葉と、町の鐘が鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。



町の広場は、騒然となっていた。


「魔物の群れだ! 北の森から、大群が下りてきてる!」


「数が多すぎる! 冒険者だけじゃ抑えきれねえ!」


見張り台から、悲鳴混じりの報告が飛ぶ。俺は広場の外れに立ち、北の方角に目を凝らした。


——確かに、来ていた。


森の際から、黒い波のように魔物が押し寄せてくる。狼型、猪型、有翼の小竜まで。普段は縄張りを争うはずの種が、入り混じって一つの群れになっている。異常だった。何かに追われるように、あるいは何かに引き寄せられるように、町を目指して殺到していた。


ハルバの冒険者たちが武器を手に集まってくる。だが、その顔には絶望が滲んでいた。数が違いすぎる。この寂れた辺境の町に、これだけの群れを捌ける戦力はない。


「ミスト!」リタが駆け寄ってきた。「あんた、強いんでしょ!? 力を貸して! このままじゃ、町が——」


俺は、すでに前に出ていた。


「フレア、後ろに下がってろ。羅睺の声が聞こえるなら、危なくなったら教えてくれ」


「う、うん!」


そして俺は、北の方角へ向き直り、静かに告げた。


「羅睺。出番だ」


人型の青年が、ゆらりと進み出る。その口元に、楽しげな笑みが浮かんだ。


『——よかろう。我を呼んだこと、その目で見届けるがいい』



羅睺の輪郭が、膨れ上がった。


濃紺の巨体。額に開く第三の目。四本の腕。背に燃え盛る、赤い光輪。だが、廃坑で穴蔵喰らいを屠ったときとは、まるで違った。あのときは、人型から本体に戻っただけ。今は——その本体が、さらに変貌していく。


光輪が、業火のように膨れ上がる。第三の目が、爛々と赤く輝く。穏やかだった美貌の面影は消え、顔は憤怒に歪んだ。牙が剥き出され、四本の腕にはそれぞれ、炎で象られた武具が握られていた。


これが——夜叉の、忿怒の相。


広場にいた誰もが、息を呑んだ。冒険者たちは武器を取り落とし、ある者はその場に膝をついた。味方であるはずの羅睺の威容に、本能的な畏れが全身を貫いたのだ。


『——下郎ども』


地を這うような声が、広場を震わせた。


『この地は、我が縁の子の住まう場ぞ。土足で踏み入ること、許さぬ』


羅睺が、一歩、踏み出した。


ただそれだけで、押し寄せていた魔物の群れの先頭が、びくりと足を止めた。獣の本能が、目の前の存在を「格が違いすぎる」と理解したのだ。


だが、止まったところで、もう遅い。


羅睺の四本の腕が、振るわれた。炎の刃が薙ぎ払われ、業火の奔流が森の際まで届く。先頭の魔物たちが、一瞬で焼き払われた。断末魔すらない。ただ、黒い灰だけが宙に舞った。


それでも止まらぬ群れに、羅睺は容赦をしなかった。腕を振るうたびに、炎が地を奔り、空を焼く。有翼の小竜が一斉に火だるまとなって墜ちる。黒い波は、瞬く間に、灰の山へと変わっていった。


戦いと呼ぶには、あまりに一方的だった。


数百はいたであろう魔物の群れは、たった一体の夜叉によって、四半刻も経たずに殲滅された。



静寂が戻った広場で、誰も、声を出せなかった。


羅睺が人型に戻り、何事もなかったように俺の隣に立つ。冒険者たちは、化け物を見るような目で——いや、それ以上の、神を見るような目で、俺と羅睺を見ていた。


「……あれが、ミストの召喚獣……」


「あんなの、聞いたことねえ……国の宮廷召喚士だって、あんな格の存在は呼べねえぞ……」


ざわめきが、波紋のように広がっていく。


それは、俺がずっと欲しかったはずの評価だった。中央で「無能」と嗤われ続けた俺が、今、辺境で畏怖の対象になっている。


だが、不思議と、胸は躍らなかった。ただ静かに、ああ、これが本来の俺だったのか、と思っただけだ。


「ミスト!」


フレアが駆け寄ってきた。だが、その足が、途中で止まった。


彼女は、胸を押さえていた。苦しそうに、けれど、どこか熱に浮かされたように。


「フレア? どうした」


「……あつい」フレアが、掠れた声で言った。「さっき、羅睺が炎を出したとき……あたしの中の"火"が、すごく、騒いだの。出して、出して、って……」


俺は、はっとした。


羅睺の炎に、フレアの内なる火が呼応した。同じ"火"の気配に、引き寄せられるように。


(……これは、ただの魔力じゃない)


確信が、強まった。フレアの中に封じられているのは、羅睺と同じ——あるいはそれに近い、格の高い"火の存在"だ。本人の意思とは無関係に、彼女の器の中で、目覚めの時を待っている。


『気づいたか、縁の子』羅睺が、低く囁いた。『あの娘の内に眠るもの……我の同胞かもしれぬ。火を司る、天の眷属。もし、それを正しく解き放つことができれば——』


羅睺は、そこで言葉を切り、フレアを見つめた。


『あの娘は、化ける。お前の召喚獣の、誰よりも苛烈にな』


胸を押さえて荒い息をつくフレアを、俺は見つめた。


出来損ない、と嗤われた少女。誰にも価値を認められなかった少女。その中に眠る、まだ誰も知らない炎。


——それを解き放つのが、たぶん、俺の役目だ。


「フレア」俺は彼女の肩に手を置いた。「お前の中の火、もうすぐ会いに行こう。お前にしか宿せない、本物の炎に」


フレアは、苦しい息の下で、それでも確かに頷いた。


魔物の群れを退けた夜。辺境の町ハルバは、ハズレ召喚士ミストの名を、畏敬とともに刻んだ。


そして俺は——次に喚び出すべきものの気配を、もう感じ始めていた。


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