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無能召喚士、追放先で『呼んではいけない存在』を呼んでしまい辺境最強になる  作者: 怪人卒塔婆庵


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3話 値札のついた少女


辺境の町ハルバに腰を据えて、半月が過ぎた。


穴蔵喰らいを討伐した一件以来、ギルドでの俺の扱いは一変していた。「召喚士のひよっこ」と嗤っていた連中は、今では俺と目を合わせようとしない。リタは依頼を回すたび「無理しないでね」と気遣ってくれるようになった。


稼ぎも安定してきた。難易度の高い依頼を羅睺と片付ければ、報酬は冒険者数人分。宿暮らしには十分すぎる金が、懐に溜まり始めていた。


「金が貯まったら、何をするのが正解なんだろうな」


宿の窓辺で呟くと、人型の羅睺が壁にもたれて答えた。


『さてな。我は金というものに縁がなかった。だが——使い道は、いずれ向こうからやってくるものだ。縁とは、そういうものよ』


その言葉が予言めいて聞こえたのは、たぶん偶然じゃなかった。



その日、俺は市場の外れを歩いていた。


ハルバの市場は、辺境にしては賑わっている。中央では扱えない裏物——密輸品や、出所の怪しい魔道具——がこっそり売られているからだ。そして、その一角には、目を背けたくなる商いもあった。


奴隷市だ。


辺境では、まだ奴隷の売買が黙認されている。借金のかたに売られた者、戦で攫われた者、そして——人としての価値を認められなかった、亜人や獣人たち。


俺は、そういうものを見るのが好きじゃない。足早に通り過ぎようとした。


そのとき、声が聞こえた。


「ほら、こいつなんてどうだ。獣人の小娘だ。タダ同然でいいぜ」


下卑た商人の声。俺は、つい足を止めてしまった。


檻の中に、少女がいた。


歳は十二、三といったところか。頭には獣の耳。腰からは、力なく垂れた尻尾。ぼろぼろの服。痩せこけた体。そして——光のない、虚ろな目。何度も殴られたのだろう、頬には痣が浮いていた。


「こいつぁ"出来損ない"でな」商人は、客に向かって嗤った。「獣人ってのは身体能力が売りなのに、こいつは病弱で力もねえ。"火"の魔力持ちのはずが、それも発現しねえ。客の前で芸もできねえ穀潰しよ。買い手がつかなくて困ってたんだ。なんなら銅貨数枚でくれてやる」


少女は、何の反応も示さなかった。値札をつけられ、嗤われ、それでも——もう、抵抗する気力すら残っていないようだった。


俺は、その少女を見ていた。


そして、気づいてしまった。


召喚士の目は、本来「格」を見抜くためにある。俺はずっと自分の召喚が無能だと思っていたが、辺境に来てから少しずつ分かってきたことがある。俺の目は、ただ召喚獣の格を見るだけじゃない。"秘められた本質"そのものを、見抜いてしまうらしいのだ。


そしてその目に、檻の中の少女は——とんでもないものとして映っていた。


(……なんだ、これは)


虚ろな少女の奥に、眠っている。とてつもなく大きな"火"が。発現していないんじゃない。封じられているんだ。本人すら気づかないほど深くに、まるで器が大きすぎて、本人の心がそれを受け止めきれずにいるかのように。


この子は、出来損ないなんかじゃない。


ただ、誰も——本人すら——その本当の価値に、気づいていないだけだ。


俺と、同じように。


「その子を買う」


気づけば、そう言っていた。



「いくらだ」


「お、おう。物好きだな、兄ちゃん。銅貨五枚でいい」


俺は銀貨を一枚、商人に放った。釣りはいらない、という意味だった。商人は目を丸くして、それからにやにやと檻を開けた。


「毎度あり。せいぜい可愛がってやんな」


その下卑た笑いには、反吐が出た。だが言い返す価値もない。俺は少女の手を取った。骨ばった、冷たい手だった。


少女は、俺を見上げた。光のない目で。そして、ぼそりと言った。


「……どうせ、あんたも。すぐ、捨てるんでしょ」


掠れた声だった。期待することを、とうに諦めた声。


俺は、少し考えてから答えた。


「捨てない。少なくとも、お前が出来損ないだなんて思ってないからな」


「……うそ。あたしは、出来損ないだもん。火だって、出せないし」


「出せるさ。お前の中には、とんでもない火がある。誰も気づいてないだけだ」


少女が、初めて、まっすぐ俺を見た。


その目に、ほんのわずかだけ——光が戻った気がした。


「名前は?」


「……フレア」


「フレア、か。いい名前だ」俺は微笑んだ。「火の名前だ。お前にぴったりだよ」



宿に連れ帰り、まずは飯を食わせ、傷の手当てをした。フレアは最初こそ怯えていたが、温かいスープを前にすると、堰を切ったように貪り始めた。よほど飢えていたのだろう。


その様子を、人型の羅睺が興味深そうに眺めていた。


『——縁の子。お前、自分のしたことが分かっておるか』


「拾っただけだ」


『拾った、で済む娘ではないぞ。あの子の内に眠る火、我の目から見ても相当なものだ。発現すれば、そこらの魔導士など束で焼き尽くせる。……お前という男は、本当に、見える目をしておるな』


スープを掻き込んでいたフレアが、ふと顔を上げた。


「……ねえ。あんたたち、さっきから話してる、その、もう一人の声……あたしにも聞こえるんだけど」


俺と羅睺は、顔を見合わせた。


普通の人間に、羅睺の声は聞こえない。聞こえるのは、召喚に深く関わる素質——強い魔力の器を持つ者だけだ。


『くく』羅睺が、楽しげに喉を鳴らした。『やはりな。面白いものを拾ったものだ、縁の子』


俺はスプーンを置いて、フレアに向き直った。


「フレア。お前に、ひとつ訊きたい」


「な、なに……?」


「お前の中の火を、目覚めさせてみたいと思わないか。出来損ないじゃない、本当のお前を——見てみたいと思わないか」


フレアは、しばらく俺を見つめていた。


それから、痩せた頬を、くしゃりと歪めた。泣き出しそうな、けれど確かに笑顔だった。たぶん、ずいぶん久しぶりの。


「……うん。見て、みたい」


こうして、俺の辺境暮らしに、二人目の同居人が増えた。


夜叉と、獣人の少女と、ハズレ召喚士。傍から見れば、ずいぶん奇妙な顔ぶれだろう。


だがこのとき、俺は確信し始めていた。中央で無能と蔑まれた俺の目は——本当は、誰も気づかない価値を見つけ出す、特別な目なのかもしれない、と。


そしてその確信は、これから先、何度も証明されていくことになる。


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