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無能召喚士、追放先で『呼んではいけない存在』を呼んでしまい辺境最強になる  作者: 怪人卒塔婆庵


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第2話 辺境の町ハルバ


遺跡を出ると、朝の光が眩しかった。


問題は、俺の隣を歩く存在だった。


「……羅睺、その姿、なんとかならないか」


背丈は俺の二倍。濃紺の肌、額の第三の目、口元の牙、四本の腕、背に燃える赤い光輪。どこからどう見ても「町に連れて行ってはいけない化け物」である。こんなものを連れて歩いていたら、町に入る前に衛兵に弓を構えられる。


『ふむ。これは仮初めの顕現にすぎぬ。本体の格をそのまま映しておるだけだ』


羅睺はそう言うと、輪郭が揺らいだ。光が収束し、巨体が縮んでいく。次の瞬間そこに立っていたのは、濃紺の髪をした、酷薄そうな美貌の青年だった。額の目も牙も消え、光輪も腕も人並みに収まっている。ただ、瞳の奥にある底知れない色だけは、変わらなかった。


「……そういうことができるなら、最初から言ってくれ」


『お前が"本物"を見たそうにしておったのでな』


くつくつと笑う声は、姿が変わっても同じだった。食えない奴だ。


ともあれ、これで町に入れる。俺は羅睺を従え——いや、連れて、辺境の町ハルバへ向かった。



ハルバは、想像していたよりさらに寂れた町だった。


中央の華やかな都市とは比べるべくもない。土壁の家が肩を寄せ合い、目抜き通りですら半分は店じまいしている。中央から見捨てられた辺境、という言葉そのままの風景だった。


だが、俺にとってはむしろ好都合だった。誰も俺を知らない。「ハズレ召喚士のミスト」という評判も、ここまでは届いていない。ここでなら、ゼロからやり直せる。


まずは金だ。路銀はほとんど尽きている。俺は冒険者ギルドを探した。


ハルバのギルドは、酒場を兼ねた古びた建物だった。扉を押すと、昼間から酒を呷る冒険者たちの視線が一斉に突き刺さる。新顔は珍しいのだろう。


俺は気にせず、受付へ向かった。受付には、そばかすの目立つ若い女性が頬杖をついて座っていた。暇そうだ。


「依頼を受けたいんだが」


「冒険者登録は? ……ないのね。じゃあまずこれ書いて。職業は?」


「召喚士だ」


その瞬間、背後でくすくすと笑い声が起きた。


「召喚士だってよ」「辺境くんだりまで来て召喚士ぃ?」「どうせ呼べてもスライムだろ」


慣れた反応だった。召喚士は格を見られる職業だ。そして大した召喚獣を呼べない奴は、どこへ行っても嗤われる。中央でも、辺境でも、変わらないらしい。


俺は何も言わず、登録用紙を書き終えた。受付の女性——名札にはリタとあった——は、苦笑しながら一枚の依頼票を寄越した。


「新人にちょうどいいの……って言いたいけど、正直ハズレ依頼しか残ってないのよね。これとか、どう?」


差し出された依頼票には、こう書いてあった。


『南の廃坑に巣食う魔物の調査・討伐。複数のパーティが失敗。難易度・中。報酬・銀貨五十枚』


「複数のパーティが失敗した依頼を、新人に勧めるのか」


「あはは、ごめん。でも報酬はそこそこいいでしょ? ……正直、この依頼ずっと貼りっぱなしで。受けてくれる人がいないのよ。中の魔物が強すぎて、誰も奥まで行けないの」


リタの言葉に、酒場の冒険者の一人が口を挟んだ。


「やめとけ新人。あの廃坑にゃ"穴蔵喰らい"が出る。図体のデカい土竜の化け物だ。歴戦のパーティでも返り討ちにあってんだ。召喚士のひよっこが行ったって、餌になるだけだぜ」


親切心からの忠告だったのだろう。だが俺は、その依頼票を手に取った。


「これ、受ける」


酒場が、しんと静まった。それから、どっと笑いが起きた。


「マジかよ」「止めたのに」「賭けるか? こいつが帰ってこられるかどうか」


俺は笑い声を背に、ギルドを出た。隣で、羅睺が面白がるように口角を上げていた。


『良いのか、縁の子。あの図体どもの嘲笑を、黙って受けて』


「いちいち言い返してたらきりがない。結果で黙らせるほうが早い」


『くく。淡白なやつだ。だが嫌いではないぞ、その性根』



南の廃坑は、町から半刻ほど歩いた丘の中腹にあった。


坑道の入り口は、ぽっかりと口を開けた闇だった。中から、湿った土の匂いと、かすかな獣の気配が漂ってくる。なるほど、確かに何かがいる。それも、相当に大きい何かが。


俺は坑道に足を踏み入れた。羅睺は人型のまま、悠然と後ろをついてくる。


しばらく進むと、坑道が開けた空洞に出た。そして——いた。


巨大な土竜だった。体長は馬車ほどもある。固い甲殻に覆われ、無数の脚が蠢き、先頭の巨大な顎が岩盤すら噛み砕く。穴蔵喰らい。なるほど、歴戦のパーティでも返り討ちにあうわけだ。普通の冒険者なら、この威容を前にして足がすくむだろう。


俺は足がすくまなかった。なぜなら、隣にいるものの方が、よほど格上だと知っていたからだ。


「羅睺」


『言われずとも』


人型の青年が、ゆらりと前に出た。


『久方ぶりに体を動かす。礼を言うぞ、縁の子』


その輪郭が、再び膨れ上がった。濃紺の巨体、四本の腕、燃える光輪。あの遺跡で見た夜叉の本体が、廃坑の闇に顕現する。第三の目が、かっと見開かれた。


穴蔵喰らいが、咆哮を上げて突進した。岩盤を砕く巨顎が、羅睺に迫る。


羅睺は、避けもしなかった。


四本の腕のうち二本で、その巨顎をがっちりと受け止めた。馬車ほどの巨体の突進を、真正面から。土竜の何十倍も小さい体で、びくともせずに。


『ほう。多少は手応えがあるか』


楽しげに呟くと、羅睺は残る二本の腕を振りかぶった。掌に、赤黒い炎が渦巻く。


『——食らえ』


放たれた炎は、穴蔵喰らいの甲殻を、紙のように焼き貫いた。断末魔すらなかった。歴戦の冒険者たちを退け続けた廃坑の主は、一撃で、黒い炭の塊に変わっていた。


空洞に、静寂が戻る。


羅睺は人型に戻りながら、つまらなそうに肩をすくめた。


『あっけない。あの程度、封印前の我なら指一本で十分だったがな』


俺は、その光景をただ眺めていた。


これが、本来の召喚士の力。良い触媒で、格の高い存在を呼べたなら——召喚士は、こんなにも強い。俺はずっと、安物の魔石で雑魚を呼ばされ、その本当の力を知らないままだった。


「……行くか。証拠の素材だけ持って」


『つれないな。少しは感動せぬのか、この我の力に』


「感動はしてる。顔に出ないだけだ」


『くく。そういうことにしておこう』



ギルドに戻り、穴蔵喰らいの甲殻を受付に叩きつけたとき、酒場は完全に沈黙した。


リタが、目を丸くして甲殻と俺を見比べる。


「これ……穴蔵喰らいの、甲殻……? あんた、一人で……?」


「ああ。報酬を頼む」


賭けをしていた冒険者たちが、口をぽかんと開けていた。さっきまで俺を嗤っていた連中だ。今その顔には、嘲笑の代わりに、戸惑いと——うっすらとした畏れが浮かんでいた。


俺は銀貨五十枚を受け取り、ギルドを出た。


外はもう夕暮れだった。茜色の空。追放されたあの日と、同じ色。けれど胸の内は、あの日とは少しだけ違っていた。


「……悪くないな、辺境も」


『ようやく前を向いてきたではないか、縁の子』


羅睺が、夕日の中で笑った。


俺の辺境暮らしは、こうして始まった。

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