表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能召喚士、追放先で『呼んではいけない存在』を呼んでしまい辺境最強になる  作者: 怪人卒塔婆庵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/20

第11話 堕ちた聖女


その女が辺境にやってきたのは、雨の日だった。


拠点の扉を叩く音は、弱々しかった。エルザが開けると、そこにずぶ濡れの女が立っていた。すり切れた外套を纏い、頬はやつれ、かつての輝きは見る影もない。


それでも、俺はその顔を、忘れるはずがなかった。


「……ミスト」


聖女ミラ。幼馴染で――俺の追放に、保身で頷いた女だった。


「久しぶり、だね」ミラは、震える声で言った。「あなたが、辺境で、すごい召喚士になってるって……噂を聞いて。それで……」


エルザが、すっと俺の前に立った。闇御目の瞳が、冷たくミラを射抜く。


「ミスト。この方は?」


「……昔の、知り合いだ」俺は短く答えた。「入れてやってくれ。雨に濡れてる」



火にあたり、温かい茶を飲んで、ミラは少しだけ落ち着いたようだった。だが、その目に宿る怯えと疲労は、簡単には消えなかった。


ぽつり、ぽつりと、ミラは語り始めた。


俺が追放されたあと、銀翼の剣は崩れていった。それは、もう知っている。だが、崩れたのはパーティだけではなかった。


「私の……聖女としての力も、衰えていったの」


ミラは、自分の手のひらを見つめた。


「最初は気づかなかった。でも、だんだん、回復魔法が効かなくなって、聖なる加護も、薄くなって……教会は、私を見限った。"聖女の資格なし"って。地位も、信仰も、ぜんぶ、失った」


俺は、その話を黙って聞いていた。


ミラの聖女の力。それが衰えた理由に、俺は薄々、心当たりがあった。


聖女の力の源は、信仰と――そして、それを支える"場"だ。かつて俺は、ミラのために、こっそりと小さな使い魔を配して、彼女の周囲の魔の気配を浄め、加護が働きやすい環境を整えていた。彼女自身も、誰も、それに気づいていなかった。索敵と同じだ。俺の地味な召喚は、いつも、誰かの足元を支えていた。


それがなくなれば、ミラの力が翳るのも、道理だった。


だが――それを、今さら言う気は、なかった。


「ミスト」ミラが、すがるように俺を見た。「お願い。私を、あなたのそばに置いて。あなたといれば、私……また、力を取り戻せるかもしれない。昔みたいに、二人で……」


「悪いが」


俺は、静かに、けれどはっきりと、遮った。


「それはできない」


ミラの顔が、強張った。


「……どうして。私たち、幼馴染でしょう? 一緒に冒険者になろうって、約束したじゃない」


「その約束を、先に破ったのはお前だ」


俺の声に、怒りはなかった。ただ、乾いた事実だけがあった。


「俺がパーティを追われたとき、お前は俺を見捨てた。"アレクの言う通りだ"と。"あなたといても先に進めない"と。――覚えてるか?」


ミラが、言葉を失った。


「俺は、あのとき、お前に何も期待しなくなった。恨んじゃいない。もう、どうでもいいんだ。お前のことも、アレクのことも、銀翼の剣のことも。――全部、終わったことだ」


「そんな……」ミラの目に、涙が溢れた。「ひどい……っ。私が、こんなに、苦しんでるのに……!」


「苦しんでるのは、お前だけじゃない」


俺は、傍らの仲間たちを見た。フレア。ヴァナ。エルザ。羅睺。みんな、勝手に決められた価値で、居場所を奪われた者たちだ。


「ここにいる連中は、みんな、理不尽に捨てられた。それでも、誰かを恨むより、前を向くことを選んだ。お前を助けないのは、罰じゃない。ただ――お前の居場所は、もう、ここにはないってだけだ」



ミラは、しばらく俯いていた。


やがて、ゆっくりと立ち上がり、濡れた外套を羽織った。


「……分かった。私が、馬鹿だった」


その声は、不思議と、少しだけ晴れていた。


「あなたを見捨てたこと……ずっと、後悔してた。でも、それを、あなたに償わせようとしてた。甘えてた。……ごめんなさい、ミスト。それだけは、言いたかった」


ミラは、扉に手をかけ、振り返った。


「最後に、一つだけ。聖女だった頃の、勘で言うんだけど……」


その目に、聖女としての、最後の鋭さが宿った。


「世界が、おかしいの。各地の聖地で、封印が緩んでる。教会も、それに気づいて、混乱してる。……あなたが従えてるような"封じられた存在"が、世界中で、目を覚まそうとしてる。ミスト、あなたの力は、きっと、その中心に関わってる。気をつけて」


そう言い残して、ミラは雨の中へ消えていった。


俺は、その背中を、最後まで引き止めなかった。



「……よろしかったの?」


ミラが去ったあと、エルザが静かに尋ねた。


「あの方、あなたの幼馴染なのでしょう。それに、本当に、反省しているように視えましたわ。闇御目の目には、嘘は映りませんもの」


「ああ。反省してるのは、本当だろうな」俺は頷いた。「でも、反省と、許しは、別だ。それに――」


俺は、窓の外を見た。


「あいつには、あいつの道を、自分で見つけてほしい。俺に縋ってる限り、あいつは前に進めない。突き放すのが、たぶん、最後の優しさだ」


エルザは、しばらく俺を見つめて、それから、ふっと微笑んだ。


「……あなたって、本当に、優しいのか冷たいのか、分かりませんわね」


「どっちでもないさ」


「ふふ。まあ、いいですわ。――でも」


エルザの表情が、ふと、引き締まった。


「あの方の言葉、気になりますわね。世界中で、封印が緩んでいる。……わたくしの闇御目が視ていた"嫌な気配"と、符合しますわ」


その夜、俺は仲間たちを集めた。


羅睺、ヴァナ、フレア、エルザ。封じられ、忘れられ、そして俺と縁を結んだ者たち。


「みんな、聞いてくれ」俺は言った。「世界中で、封印が緩み始めてる。お前たちみたいに、封じられた存在が、目を覚まそうとしてるらしい。――それも、たぶん、穏やかな目覚めじゃない」


『……ふむ』羅睺が、腕を組んだ。『我らは、お前と縁を結び、自ら望んで目覚めた。だが、無理やり封を破られ、解き放たれる者は――おそらく、正気ではいられまい。怒りと混乱のまま、世界に牙を剥くだろう』


「ああ。だから――」


俺は、仲間たちを見渡した。


「俺たちで、止める。誰かが理不尽に解き放たれて、暴れて、また討たれて……そんな繰り返しを、止めたい。封じられた連中にも、お前たちみたいに、ちゃんと居場所が見つかるように」


フレアが、こくりと頷いた。エルザが、誇らしげに胸を張った。ヴァナが、静かに尻尾を揺らし、羅睺が、楽しげに口角を上げた。


異変は、すぐそこまで、迫っていた。


そして、その中心に――俺自身の、まだ知らない秘密が、横たわっていることを。


このとき、俺は、ようやく自覚し始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ