9.至らない自分と
9話です。楽しんで頂けると幸いです。序章はこれにて終わりです。
"それ"は、人であった。
黒いウールの燕尾服にタイトなシルエットと高い襟。
まるで紳士の様な姿をしているが、コートの隙間から鮮やかな水色やオレンジ、ピンクの配色の上に"傷の証"が細かく刻まれたベストが顔を覗かせており、ハットは被っていない。
「(黒い箱を起点とする移動系の可能性が大きいの。それに他にも色々出来そうじゃのう。じゃがそれよりも、、、)」
シサムが思惑を巡らせていると、その歪な紳士の格好をした白髪の男に、シサムと敵対していた男が話しかける。
「お前はぁあ、確か、ニグ、、ニグ•マリティスぅぅ。最近入った新人だよなぁぁ。その気持ち悪い服装はなんだぁぁ?」
「お、先輩!相変わらずの威圧感ですね!この服は今、巷で流行りの服で、この着こなしをアンサンブルって言うんですよ!どうです?似合ってます??」
「あぁ、見てるとムカついきて、いい気分になるよぉ。ところでどうしてお前はここにいるぅ??」
彼らが会話している最中、シサムはアルバに少し歩み寄り、彼らには声の聞こえない範囲で告げる。
「小僧。自力で歩けるか?」
「うん。少し休めたから。でも、本当に少しだけ。」
「それでも良い。できる限界までここから離れろ。今現れた"あれ"は大分面倒臭い。」
アルバからすると、突然現れたニグとか言う男より、先程まで戦っていた男の方が危険な様に感じたが、シサムに従い、よろけながらも、この場から離れようとする。
「あ!先輩!子供が逃げちゃいますよ!!あれ、ていうか先輩。よく見ると、めっちゃボロボロですね!」
「それはぁ、...殆どあのガキにやられたぁ。てか、僕が聞いてるの無視すんなよぉ。」
「へえ。あの子供が、、、」
ニグは先輩(先程まで戦っていた男)からその話を聞いた途端、舌舐めずりをして、微笑みながら、アルバを見る。
視線を感じたアルバが後ろを振り返ると、ニグと丁度目が合った。
瞬間、アルバは感じるのは、絡みつく異常なまで純粋な"悪意"。
故郷でも幾度か差別という悪意に晒された事のあるアルバでさえも思わず恐怖してしまう代物。
死を前にしても、一歩も引かなかったアルバが思わず立ちすくんでしまう。
「あれが、此奴の本性か、、良い顔をしとるのお。」
シサムがそう呟くと同時に、ニグの後ろで先輩が怒りの表情をしている。
「だからぁ、僕をぉぉ、無視すんなよォぉぉ。何でここにいるのってぇ?」
そう言いながら、半ば八つ当たりの様に殴ってくる先輩を軽く避けながら、ニグはパッと笑顔になる。
「え、だって先輩、"ボス"から渡されたでしょ?黒い箱。あれ、ボクの能力で創ったものなんですよ!それ使って、ここに来ました!!」
「えぇぇぇ!!!!だってぇ、あれはあの人がぁぁ、僕の為にくれた大切なものでぇぇ。」
「?? そりゃだって、先輩は非戦闘員なのに、放浪癖があるから、連れ戻せる様に渡したんじゃないですか?そんなに気に入ったなら、まだ創れるんで、創って渡しましょうか??」
ニグとの会話の中、先輩は明らかに不機嫌になる。
「もういいぃぃ。お前と話すとムカつくぅ。」
「えー、何でですか!?まぁいいや。先輩を連れ戻すのがボクの任務なんで・・・。では、そこのお二人。また、どこかで逢えることを楽しみにしてます!」
そう軽く言うとニグは、アルバ達に手を振りながら、先輩の肩に手を置くと、先輩と共に黒い箱へと吸い込まれていった。
残された箱も、彼が去ったのち自然と消滅した。
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「ハァー、ハァー、ハァー、、」
俺はあの男が去ってから、地面にへたり込み、呼吸の仕方を思い出す。
怖かった。とても。
狩人のおじさんが死にかけた時とは、別の怖さをあいつから感じた。はは、吐き気がする、、
「小僧や。よく頑張ったの。」
地面にへたり込むアルバに、シサムが近づいて行き、その皺くちゃの手で、アルバの頭を撫でた。
アルバにとって、その手はとても温かくて、どこか懐かしかった。
自然とアルバの目から落ちた数滴の涙が、地面を濡らした。
その涙には、安堵、恐怖、焦燥、後悔、怒り、憧れ..といった様々な感情を孕んでいた。
「ふーむ。見れば見るほど、重症じゃの。どれ、ワシが村までおぶってやろう。」
そう言って、涙が落ち着いたアルバをシサムは背負い、山を下っていく。
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「...ねぇ、何でそんなに強いの?」
背負われ、山を下る傍ら、アルバはシサムに対して思っていたことが口から溢れる。
「ふむ。..ワシは乳飲み子の頃から今に至るまで、戦場に身を置き続けてきた。だからじゃろうな。」
「...俺もあんたみたいになれるかな・・・?」
幾度となく、この受け答えをして来たのだろう。シサムは、肯定も否定もせず、静かに話す。
「成れん、とは言わん。じゃが、この道を辿る事を勧めはしない。暴のみの強さなんぞ、高が知れておる。暴に縋れば縋るほど、背負う骸が多くなってゆくだけじゃよ。」
語るシサムの背中からは、先程の戦いとは異なり、何か哀愁の様な、諦念の様な寂しさをアルバは感じた。
だが、その背から伝わる熱はとても温かかった。
「む?お主にも分かる様に話したつもりじゃったが、分かりにくかったか?」
「いや、何となくだけど伝わったよ。でも、弱くて、あんな思いをするぐらいなら、たかが知れてても俺は強い方がいい。」
アルバの言葉を聞いたシサムは、何かを懐かしむ様な表情をする。
「ヒョッヒョッ、小僧よ。強さとは、何も暴だけではない。暴以外にも、知、財、権、魅、心..と言ったあらゆる力による強さがある。お主の言う『強い方』とは、何を指しておる?」
アルバはシサムの言葉を聞き、空を見上げながら思惑する。
そして、幾許かの沈黙の末に答えを出す。
「....全部・・・・・!」
「ヒョッヒョッヒョッ!!全部、、全部とな!青い、、実に青い・・!じゃが、童はそうでなければな。ヒョッヒョッ!」
真面目に考えて出した答えが笑われて、アルバが不満そうに頬を膨らませてると、シサムが優しく語りかけてくる。
「なればこそよ、小僧。多くを愉しまねばならんな。」
「多くを?」
「そうじゃ。食うこと、知ること、人と語らい合うこと。この世界に満ちる彩りの全てを愉しむ。それ即ち、己の強さを押し広げる糧となるからな。」
「たのしむ・・・。それなら、俺にも出来るぜ!!」
シサムの言う『愉しむ』は、今のアルバが認識している『たのしむ』という事より、はるかに困難で、複雑で、不条理な事だとシサムは知っている。
だが、それでもシサムはアルバを肯定する。
「そうか、そうか。ならば、お主は強くなるじゃろうな。ワシが保証しよう。」
「ほんと!?」
「あぁ、本当じゃ。」
2人は語らいながら、山を降り、村へと向かう。
木々を揺らし、頬を撫でる夜の山風は、傷ついた少年の身体にはひどく冷たかった。
けれど、その身体を預けた背中は、ひどく大きく見え、そして、風の冷たさを解していった。
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「.....ハッ!!!」
俺は目が覚めると、見知らぬ天井と横で椅子にもたれかかりながら、寝ているトーマとエルレが目に入るくる。
「(どういうこと?確か、村に入って狩人のおじさんが生きてる事を知ったところまでは覚えてるんだけど、、)」
アルバが考え事をしていると、ガチャリとドアを開く音が聞こえた。
音の聞こえた方をアルバが見ると、入ってきたのはキンチだった。
「よう。お前やっと起きたのか。丸1日寝てたんだぜ、高熱の状態でな。横にいる2人がずっと看病してたんだ。そりゃもう死に物狂いでな。後で感謝しとけよ。」
「2人が・・・・!うん!分かったよ!心配かけちゃったな...。」
2人に触れようとすると、身体全体に痛みが走る。
「....ぐっ・・・・!」
「あんま身体動かすなよ。熱下がっただけで、傷は治ってねーからな。」
「わかった....です。」
2人の顔を見ながら、起きた事を振り返る。
俺が生きてるのは、ただ運が良かっただけだ。
結果として、シサム..さん達の助けが来なかったら、あそこで死んでいた。
はは、今その事を考えると背筋がゾッとする。
「それで、何があったんだ?ロニさんがお前の靴をを見かけて助けに行ったのは知ってるぜ。」
俺は、狩人のおじさんが逃がしてくれた時、自分の靴を山から村の方向へ思い切り飛ばした。
ロニ...さんの梟がこの村の中や周辺の山を空から巡回しているのを知っていたから、『投げた靴が梟の視界に入ってくれれば』と思って投げたんだ。
賭けと言うには、余りに粗雑で、乱暴で、運に身を任せすぎた行為。
本当に運が良かったとしか言えない。
「えっとね、キンチ..さん。こういう事があったんだ..です。」
俺はキンチ..さんに起きた事全てを話した。
「へぇー!お前、ガッツあるな!よく頑張ったじゃねぇか!!」
「・・・・・・・・・」
俺はキンチ..さんの言葉を素直に喜べなかった。
「どうしたアルバ?そんな顔して??」
「俺は、ただ運が良かっただけだ..です。シサム..さん達が来てくれたから、助かっただけで、俺自身は何もできてない..です。結局、狩人のおじさんも、あの人の覚悟を無駄にしただけだった..です。」
その言葉を聞いたキンチは、変わらず明るく元気なままでいた。
「その話を聞くと、確かにお前は、狩人の方の覚悟を無駄にしたな。だが、それだけだ。お前が戻ったおかげで、結果的に、狩人の方とお前、両方助かった。それで良いじゃねえか。」
「だから、それは、、本当に運が良かっただけ..です。」
そう言って、下を向く俺を見たのか、はたまた別の理由があるのかは分からないが、キンチ..さんの声が少し穏やかになる。
「まぁー、確かに運が良かったかもしれねーな。だが、その運を掴みに行ったのは、紛れもなくお前自身だ。至らなかった自分を責めるんじゃなくて、まずは、自分のした行動を褒めよーぜ。反省会はその後だ。」
「自分のした行動・・・・。」
「ああ!そうだ!お前が戻ったお陰で、狩人の方は助かった。それは揺るぎない事実だ。助かって嬉しいだろ?まずは、それを喜んで、助けた自分を褒めろ。」
そんな話をしていると、アルバ達がいる部屋をコンコンとノックする音が聞こえ、その方角を見ると、重たい足取りで狩人が壁に手を着きながら入ってくる。
「ちょ、、あんた、まだ、安静にしてないと、、一命を取り留めただけでも、奇跡だってのに、、、悪化しちゃいますよ!!」
「あぁ、い、いいんだ。そこの坊主の人。隣から声が聞こえてな。その子が起きたんじゃないかと思ってきたんだ。君に直接伝えたい事があって、、、」
はぁ、はぁ、と息を切らしながら話す狩人を、手に持っていた濡らした布切れを地面に置き、横からキンチがそっと支える。
「君が戻って来なければ、俺は、、俺はあそこで死んでいた。君は2度も私の命を救った。本当に、、本当に、、ありがとう。」
理不尽が許せなかった。
大した理由も覚悟もなく、ただ、『ゴミに住んでいるから』、『箱を探す為に気分で』、強い者が弱い者から一方的に全てを搾取する、理不尽が。
それは、生まれつきのモノなのか、グレイの教えのためなのか、彼の育った環境がによるのか、あるいは、その全てなのかもしれない。
そして、元々彼にあったその感情は、失う哀しみを知った事で、より一層強く、大きく、膨れ上がった。
だからこそ、"救う力"を持っている事を自覚した今、全力でその理不尽に抗いたかった。勝てるとさえ思っていた。
結果、理不尽に抗うことは出来ても、勝つことは出来なかった。
力が足りなかったからだ。
だが、1人の力ではないにしろ、救うことは出来たのだと自覚した。
力があったからだ。
「そうか、、俺は、今度は間に合ったんだ、、」
狩人を支える傍ら、キンチはアルバの顔を見る。
「(なんだ、いい表情してんじゃねーか。)」
これは、彼の物語のほんの序章である。彼がこれから経験することに比べれば、取るに足らない出来事であるかも知れない。
しかし、この出来事は、彼の心に深く刻み込まれた。
窓の隙間から入り込む山の冷気と心体中に響く痛みと共に。
9話どうだったでしょうか?面白いと感じてくれたら嬉しいです。面白いと思っていただけたなら、是非とも次も見に来て欲しいです。
次回から1章が始まります。よければ見に来てください。




