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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第008話 大掃除の始まりは、まずは身近な贅沢品から

 王宮の地下、空気の淀んだ財務局特別執務室にて、私は人生で二度目となる不穏な契約を交わしていた。

 目の前に座る鉄血の財務官ゼノス・ヴァン・クライン伯爵は、先ほどまでの氷のような無表情をどこへやら、血走った眼に狂気的な歓喜を宿し、山のような書類を私の前に突き出している。


 【素晴らしい! この幼女、ただの算盤使いではない! 数字の裏側に潜む悪意を、まるで道端の石ころを避けるように見抜きやがる! これなら、あの傲慢な侯爵どもの鼻を明かし、ついでに無駄遣いばかりする国王陛下の隠し口座を凍結させることも夢ではない!】


 彼の頭上は、国家転覆の一歩手前のような物騒な本音で埋め尽くされていた。


「さて、小さな監査役殿。君の言う通り、膿を出すなら早い方がいい。まずは手始めに、王宮内のゴミから片付けるとしようか」

 

 クライン伯爵が細い指で指し示したのは、王宮内に納品される嗜好品の目録であった。

 一見すれば、王族や上位貴族たちが享受する華やかな贅沢の記録に過ぎない。

 だが、私の左目が捉えるその紙面には、インクの染みに偽装された、薄汚い着服の記録が不快なノイズとして浮き上がっていた。


「クライン伯爵様、この最高級の紅茶の仕入れ値、相場の三倍になっておりますわね。しかも、納品元はイザベラ様の家門が経営する商会。これ、差額の二倍分が、そのまま裏庭の肥料代という名目で、侯爵家の私的な隠し金庫に還流していますわ」

 

 私は、手に持った算盤を一叩きした。

 乾いた音が室内に響く。

 

 前世の経理時代、私はこれと全く同じ構図を、地方支社の接待費精算で見かけたことがある。

 仕入れ価格を吊り上げ、リベートを回収する。

 古今東西、数字を扱う悪党が考えることは、驚くほどに独創性に欠けているのだ。


「ほう、やはりか。三代前の担当者が品質維持のためには不可欠な支出であると泣きついてきた項目だが、まさか肥料代に化けていたとはな」

 

「それだけではありませんわ。こちらの王宮専用の特注香水。原料に南方の希少な花を使っているとありますが、通関記録を照らし合わせれば、その時期に南方の港は嵐で封鎖されておりました。つまり、中身はそこら辺に咲いている草を煎じた安物で、残りの予算は、手配した文官たちの遊興費に消えていますわ」

 

 私の指摘に、クライン伯爵の表情が険しくなる。


【殺す! この予算があれば、北方の防波堤の補修が三回はできたはずだ。今すぐ奴らの私有財産を没収し、その香水をバケツ一杯分、無理やり飲ませてやりたい】


 彼の吹き出しは、もはや拷問官のような色に染まっていた。


(伯爵様、落ち着いて。気持ちは痛いほどわかるけれど、社畜の復讐はもっと静かに、そして合法的に、相手の逃げ道を塞いでから行うのが鉄則よ)

 

 私は、お父様に買ってもらったばかりの可愛い羽ペンを手に取り、目録の余白にさらさらと修正案を書き込んでいった。

 それは単なる削除ではない。

 相手が、正規の取引であると主張すればするほど、脱税と虚偽申告の証拠が積み上がるように設計された、経理特有の罠である。


「伯爵様、まずはこの商会に対して、過去十年分の全在庫の現物監査を要求してくださいませ。もちろん、抜き打ちで。もし一点でも帳簿と現物が合わなければ、その時点で契約違反による違約金が発生しますわ。その額は、あら、偶然にも侯爵家が今年度申請している補助金の額と、ぴったり一致いたしますわね」

 

 私の提案に、クライン伯爵は眼鏡を指で押し上げ、口角を吊り上げた。

 その顔は、もはや貴族というよりは、獲物を袋小路に追い詰めた高利貸しのそれであった。


「ククク、いい。実によろしい。補助金をそのまま違約金の相殺に充てるか。手続きの手間も省けるというものだ。しかし、セレスティーナ、君はなぜこれほどまでに、他人の財布を空にする術に長けているのだ?」

 

「あら、心外ですわ。わたくしはただ、正しい場所にあるべきお金が、寂しそうに泣いているのが見えるだけですの。お金は、正しく使われてこそ輝くもの。悪い人の金庫で眠っているより、お城の屋根の修理に使われる方が、きっと金貨たちも喜びますわ」

 

 私は天使のような微笑を浮かべた。

 嘘ではない。

 前世で私が心血を注いで作成した決算書を、遊興費に貢ぐために改ざんしたあのクズ上司の顔を思い浮かべれば、この程度の報復は社会教育の一環に過ぎないのだ。


 その時、執務室の重厚な扉が、遠慮のない勢いで開け放たれた。


「クライン! 私の新しいマントの予算が、なぜ承認されないのだ! これは王族としての威厳に関わる問題だぞ!」

 

 入ってきたのは、金髪を振り乱したヴィンセント第一王子であった。

 彼は私の存在に気づくと、一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに取り繕ったような笑顔を浮かべて歩み寄ってくる。


【ゲッ、なんでこのガキがここにいるんだ。せっかくクラインを丸め込んで、遊び金の予算を分捕りに来たのに。待てよ、アデレイド家の金を引き出すための協力金として名目を書き換えさせればいいか】


 頭上には、救いようのないクズの思考が溢れ出していた。


「ああ、セレスティーナもいたのか。ちょうどいい。君の父上にも相談しようと思っていたのだが、王宮の儀礼服を新調するために、アデレイド家からも少しばかり」

 

「ヴィンセント様、お話の途中ですが、そのマントの予算申請書、先ほど、わたくしが拝見いたしましたわ。生地に幻の銀糸を百キロ使うとありますが、そんなに重いものを羽織ったら、王子様の細い首が折れてしまいますわ。わたくし、心配で夜も眠れません」

 

 私の言葉に、ヴィンセントの顔が凍りつく。

 銀糸百キロ。

 それは、重さの問題ではなく、換金性の高い素材を大量に発注し、後で質に入れるという王族特有の不適切な資金調達の隠語であった。


「そ、それはだな、予備も含めてのことで」

 

「予備でしたら、こちらの倉庫にある、先代の王妃様が使い残された古い端切れで十分ですわ。わたくしが今から心を込めて修復して差し上げます。ああ、王子様の節約精神を讃えて、広場に記念碑を建ててもよろしいかしら?あ、もちろんその費用は、王子様の私的なお小遣いから分割払いで差し引かせていただきますわね」

 

 王子の表情は一変した。


【修復!? 記念碑!? しかも俺の自腹!? ふざけるな、俺はもっとキラキラした、権威の象徴みたいな生活がしたいんだよ!】


 吹き出しが激しく点滅する。それを見たクライン伯爵が、これまでにないほど爽やかな声で追撃を加えた。


「素晴らしい案だ、セレスティーナ。殿下、財務局としてもその節約の碑には是非とも協力させていただきたい。つきましては、殿下の過去三年の遊興費を精査し、碑の建設費用に充てるための更生計画を開始いたします」

 

 王宮の地下室に、絶望した第一王子の叫びが空虚に響き渡った。

 私は、震える王子の背中を見つめながら、手の中の算盤を愛おしそうになでた。


(うふふ、これでまた一つ、不健全な支出がカットされたわ。でも、まだまだ甘いわね。この国には、まだ帳簿に乗っていない真っ黒な穴がいくつも開いているもの)

 

 私は、横で狂ったようにペンを走らせるクライン伯爵と共に、次なる是正すべき項目を求めて、さらに深い書類の海へと潜っていくのであった。

 

 七歳の春。

 お城の空気は、私の左目が捉える悪意の暴落によって、少しずつ、確実に浄化され始めていた。


(さあ、次はお城の厨房に溜まっている消えた最高級肉の行方を追いましょうか。伯爵様、今日は徹夜になりますわよ?)

 

 私は、未来の安定した昼寝のために、目の前の巨悪を数字でなぎ倒していくのであった。

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