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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第078話 隣国王城の謁見は茶番劇、左目が暴くは国王が隠す破綻の帳簿ですわ

 隣国の王城は、我が国の王宮とはまるで異なる威圧感を放っていた。灰色の巨石を積み上げて造られた城壁は空を覆い尽くすほど高く、正門から続く長い石畳の両側には、槍を携えた兵士たちが一定の間隔で並んでいる。


 私たちが城門を通過するたび、兵士たちの視線が一斉にこちらへ向けられた。その目に宿っているのは歓迎ではない。敵意、警戒、そして自国の秘密を暴いた財務官に対する露骨な憎悪だった。


 私は馬車の窓から城内を眺めながら、膝の上に置いた帳簿をゆっくりと開いた。隣には手枷を嵌められたヴィクトール卿が座っている。彼は先ほどから一言も発していない。王城が近づくにつれて、その顔色は悪くなっていた。


「随分と立派なお城ですこと」


 私が何気なく呟くと、ヴィクトール卿は乾いた笑みを浮かべた。


「……そう見えますか」


「あら。わたくしには、少々大きすぎるように見えますわ」


「大きすぎる?」


「ええ。維持費が」


 ヴィクトール卿の眉が僅かに動いた。


「外壁の補修費、衛兵の人件費、王族の居住区に必要な燃料費、そして毎年増加している軍備費。外から眺めただけでも、相当に国庫を圧迫していることが分かりますもの」


「……貴女は、城を見ただけでそこまで考えるのか」


「財務官ですもの。建物も人間も、維持するにはお金が必要ですわ。そして、お金がないのに大きな城を維持し続ければ、いずれ何かを削る必要が生じます。兵士の給金か、民への施策か、それとも借金への返済か」


 ヴィクトール卿が黙り込む。その横顔を左目で捉えた瞬間、彼の胸中に沈んでいた恐怖が鮮明な像となって浮かび上がった。


【頼む。もうやめてくれ。城を見ただけで、そこまで我が国の財政を見抜かないでくれ。これ以上暴けば、陛下の前でも隠し通せなくなる】


「安心なさいませ、卿」


「……何をです?」


「まだ城の帳簿までは見ておりませんもの」


「……」


 ヴィクトール卿の顔が、さらに青ざめた。


 やがて馬車が停止し、扉が開かれる。


 眼前には、巨大な王城の謁見の間へと続く大階段が伸びていた。赤い絨毯が敷かれ、その両側には隣国の騎士たちが整然と並んでいる。誰一人として笑っていない。


 私が馬車から降りると、先頭に立つ騎士が鋭い声を上げた。


「セレスティーナ・マッセ伯爵。国王陛下がお待ちだ。武器の所持は認めない」


「承知しておりますわ。ですが、算盤は武器には含まれませんわよね?」


「……算盤?」


「財務官の必需品ですわ」


 私は腰に吊るした銀の算盤を軽く鳴らした。


 パチリ。


 その音だけで、周囲の騎士たちの表情が硬くなる。背後からヴィクトール卿の小さな溜息が聞こえた。


「……その音を聞くと、今でも胃が痛くなる」


「あら。それは医師にご相談なさった方がよろしくてよ」


「原因は貴女です!」


「では、治療費は貴方の国庫から出していただきましょうか」


「……もう何も言いません」


 私は何事もなかったかのように歩き出した。やがて、巨大な扉が左右へ開かれる。その向こうに広がっていたのが、隣国の謁見の間だった。


 高い天井から吊るされた巨大なシャンデリア。壁面を埋め尽くす金細工。左右に並ぶ重臣たち。そして最奥に設けられた玉座。


 そこには、この国の王であるアレクシス・ヴァルデン国王陛下が座っている。


 年齢は五十を越えているだろう。銀色の髪を後ろへ撫でつけ、豪奢な王冠を戴いている。その表情には、王としての威厳を崩さぬための冷たい仮面が貼り付いていた。


「セレスティーナ・マッセ伯爵。遠路はるばる、よくぞ参った」


「お招きいただき、光栄に存じますわ。ただし、わたくしは観光に参ったわけではございませんので、どうぞ手短にお願いいたします」


 王の眉が僅かに動く。


【生意気な小娘だ。十五歳の分際で、余を前にしてこの態度か。だが、こいつを刺激するな。ヴィクトールから聞いた話が本当なら、この娘は我が国の財政機密をすでにかなり掴んでいる】


 なるほど。表情とは随分違いますわね。


「陛下」


「何だ」


「一つ、確認したいことがございます」


「申してみよ」


「先ほどから、わたくしのことを随分と警戒していらっしゃいますわね」


「当然であろう。貴殿は我が国の外交官を罪人として連れてきたのだ」


「それだけではございませんわ。わたくしが持参した資料について、陛下はすでにご存じのようですもの」


「……何のことだ?」


「隣国の国家予算。中央銀行の債務残高。軍需契約。短期国債の金利推移。そして、王都の貴族たちが購入した投資商品の総額。こちらの数字を見れば、貴国が現在どの程度危険な状態にあるのか、誰でも理解できますわ」


 王の目が紙へ向けられる。


 その瞬間。左目が、王の本音を捉えた。


【まずい。そこまで掴んでいるのか。この数字が公になれば、我が国の信用は終わる。だが、まだ手はある。隣国の財務官を拘束し、資料を奪えばいい。十五の小娘一人なら、ここで消してしまうことも――】


「陛下」


「……何だ」


「今、わたくしを殺そうとお考えになりましたわね?」


 王の顔から、初めて明確に色が消えた。謁見の間にいた騎士たちが一斉に剣へ手を伸ばす。


 だが、私は動かなかった。


「ご安心くださいませ。わたくしを殺す必要はございません」


「……何?」


「わたくしがこの城へ入る前に、我が国の財務局へ複数の資料を送っておりますもの。もしわたくしが予定時刻までに戻らなければ、その資料は自動的に公開されますわ」


 嘘ではない。ただし、公開される資料の内容については、少々手を加えてある。


「ですから、わたくしを殺すことは、貴国にとって最悪の選択肢ですわ」


 私は銀の算盤を取り出した。


 パチリ。


 その音が謁見の間へ響き渡る。


「さて、陛下。ここからが、本当の外交交渉ですわ」


「何を要求する」


「簡単ですわ。隣国が我が国から奪おうとした資金。その全額返還」


 私は一枚の契約書を差し出した。

 

「……!」


「違法な投資事業によって集められた資金の追跡を要求いたしますわ」


「待て。それは我が国の内政問題だ」


「いいえ。我が国の貴族から資金を集めた時点で、すでに国境を越えておりますわ」


セレスティーナは銀の算盤を卓上に置いた。

パチリ、と乾いた音が謁見の間に響く。


「しかも、その資金の一部には、あなた方の国家予算から流れた外交秘密資金が混ざっておりますわね」


「……何を証拠に」


「帳簿ですわ。こちらの送金記録と、我が国で集められた投資資金。その流れを一本につなげれば、最終的にあなた方の財務当局へ戻ってまいります」


「それが事実なら……」


「ええ。これは我が国の貴族が勝手に起こした投資詐欺ではありません。あなた方の国家財政が関与した、国境を越えた資金操作ですわ」

 

 重臣たちが一斉に騒ぎ始める。


「そんな要求を呑めるわけがない!」


「我が国の軍事力を削れというのか!」


「無礼にもほどがある!」


 怒号が飛び交う。私は静かに算盤を鳴らした。


 パチリ。


 それだけで、左目に重臣たちの本音が流れ込んでくる。


【軍備費を削られれば困る。自分の家が請け負っている軍需契約が消える】


【この交渉を潰せ。そうすれば、まだ横領を隠し通せる】


【頼む、誰かこの娘を黙らせろ】


 私はゆっくりと周囲を見渡した。


「皆様。わたくしは、貴国の軍隊を弱体化させたいわけではございませんわ。不必要な軍備費を削減し、浮いた予算を国庫へ戻せと申し上げているだけです」


「……何を根拠に、そのようなことを言う!」


 重臣の一人が叫ぶ。


「根拠? こちらですわ」


 私は一冊の帳簿を取り出し、机の上へ置く。


「過去五年間の軍需品購入記録。同一の剣が、三つの異なる商会を経由するたびに価格が上昇しておりますわね。鎧も同じ。馬具も同じ。そして、その三商会の最終的な所有者は、すべて同じ人物」


 謁見の間が凍りついたようだった。

 私は王を見つめる。


「陛下。こちらの商会を経営している人物の名前を、わたくしから申し上げてもよろしくて?」


 私の言葉に王の顔が歪み始める。左目に映る本音は、明確だった。


【やめろ。それだけは言うな】


「では、わたくしから申し上げますわ。この国の財政を食い潰している最大の不良債権。その正体は、この国の宰相閣下、その方ですわ」


 私は静かに、王の隣へ視線を向ける。謁見の間に、完全なる沈黙が落ちた。

 宰相の顔から血の気が引き、王は玉座から立ち上がった。

 

「さあ、陛下。まずは貴国の帳簿から、綺麗にして差し上げますわ」


 そして私は、最後の一打を打ち込んだ。

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