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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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閑話 四三一七号が暴いた黒幕 ~ゼノス視点~

 深夜の財務局は、昼間とは違う顔を見せる。人の気配がほとんど消えた廊下には魔石灯の明かりだけが続き、窓の外では王都の夜が広がっている。


 私は執務室の机に並べた書類を、一枚ずつ確認していた。セレスティーナから届いた早馬の封筒には、隣国で確保した偽帳簿の写し、公印使用簿、四三一七号に関する記録、そして砂糖取引を裏付ける商会側の帳簿が入っている。


 三年前の取引では、三十箱、本来なら一箱五十斤で千五百斤になる砂糖が、別の帳簿では千二百六十斤と記録されていた。差は二百四十斤。一箱につき八斤だ。しかも、その改ざんされた帳簿には財務局の公印が押され、文書番号として四三一七号が記されている。


 私は公印使用簿へ目を落とした。四三一七号の使用者は、アーベル・グランツ子爵。使用目的は砂糖輸送に関する照会書。だが、財務局の保管記録に四三一七号という文書は存在しない。


 (公印を使った者、存在しない文書番号、偽帳簿、そして三年間繰り返された重量改ざん。ここまで揃えば、もう本人に聞けばいい)


 私は書類を揃え、机の呼び鈴へ手を伸ばした。


「アーベル・グランツ子爵を呼べ」


 しばらくして扉の向こうから足音が近づき、二度のノックが響いた。扉が開くと、アーベルがいつもと変わらない姿で入ってきた。整えられた衣服、落ち着いた表情、隙のない立ち居振る舞い。だが、私の前へ立った瞬間、その視線が机の上に並べられた書類へ一度だけ向いた。私はその小さな動きを確認してから、椅子へ座るよう顎で示した。


「三年前の公印使用について聞く。四三一七号、お前が公印使用簿へ記録した番号だ。知らないとは言わせない。まず、この番号が何のために使われたのか答えろ」


「四三一七号……ですか。突然そのような番号を出されても、私には覚えがありません。公印の使用についても、私は財務局の規定に従って処理しただけです。記録に名前が残っているのであれば、それは正式な手続きを経た結果でしょう」


 私は公印使用簿を机の中央へ置いた。四三一七号。その横には、はっきりとアーベル・グランツの名前が記されている。


「正式な手続きなら、当然ながら文書が残っている。四三一六号は存在する。四三一八号も存在する。前後の番号には、それぞれ発行記録も保管記録もある。だが四三一七号だけがない。紛失届も、廃棄記録も、移管記録も存在しない。財務局の記録上、四三一七号という文書は最初から存在していない。それなのに、公印使用簿にはお前がその番号の文書へ公印を押したと残っている。これをどう説明する?」


「文書の管理に問題があったのでしょう。公印を使用した記録まで偽造されているとは考えていませんが、私が文書そのものを保管しているわけではありません。番号が記録されている以上、当時は正規の書類として扱われていたのでしょう」


「ならば、これは何だ? 三年前の砂糖取引だ。三十箱、千二百六十斤と記録されている。帳簿の右上には四三一七号。そして、この印影が押されている」


 私は偽帳簿の写しを机へ置き、私は公印の印影を指で示した。そこに、アーベルの視線が紙へ落ちる。


「財務局の公印だ」


「その帳簿が偽造された可能性はあります。商会側が勝手に財務局の名前を使ったのであれば、私が関与した証拠にはならないでしょう」


「そう言うと思っていた」


 私は別の資料を取り出すことにする。


「だから印影を照合した。公印そのものにある小さな欠けまで一致している。偽造印を作ったという可能性は極めて低い。しかも、この公印が使用された記録には、お前の名前がある」


「……公印を使っただけで、不正に関与したことにはなりません」


「そうだな。だから、まだ公印だけでは追及していない」


 私は次の帳簿を開いてみせる。


「砂糖三十箱、千五百斤。これが本来の重量だ。ところが別の帳簿では千二百六十斤。差は二百四十斤。一箱あたり八斤。さらに別の商会でも八斤。また別の商会でも八斤。三年間、取引先が変わっても同じ八斤が消えている。計量の間違いなら、毎回同じ数字になる理由を説明してもらおう」


「砂糖の品質や水分量、計量器の違いなど、理由はいくらでも考えられます。三年前の取引を今になって持ち出し、同じ数字だから不正だと決めつけるのは早計ではありませんか」


 次に私は算盤を取り出し、目の前で玉を弾いた。


「三十箱で二百四十斤。十回なら二千四百斤。百回なら二万四千斤。これは一つの商会だけの数字じゃない。複数の商会で同じ改ざんが続いている。しかも、帳簿には四三一七号が使われ、その番号の公印使用者はお前だ」


 私は最後の資料を机へ置く。


「そして、これが決定的な証拠だ。改ざんされた砂糖取引の差額を追ったところ、金が最終的にお前の名義の口座へ入っている。取引の日付、砂糖の量、差額、入金額、そのすべてが一致している。三年間にわたって同じ流れが続いている。公印を使った者、存在しない文書番号を利用した帳簿、八斤ずつ消えた砂糖、そして差額を受け取った者。その全部がお前一人へ繋がっている」


 アーベルの表情が崩れた。さっきまで机の上の書類を冷静に見ていた目が、初めて泳いだ。私はその反応を確認し、静かに問いを重ねる。


「まだ否定するか?」


「……違う。金の入金は、砂糖取引の利益として受け取ったものです。取引そのものに不正はありません」


「ならば、その利益がなぜ正規の販売利益より多い?」


「……」


「なぜ同じ八斤が、三年間にわたって消えている?」


「……」


「なぜ存在しない四三一七号が、偽帳簿に記されている?」


「……」


「なぜ、その番号の公印使用者がお前なのか?」


 ここまで証拠が揃えば、もう推測ではない。あとは本人がどこまで認めるかだけだった。


「答えろ、アーベル。三年前から砂糖の重量を偽り、差額を自分の利益にしていたのはお前だな?」


「……そうだ。私がやった。最初は一度だけのつもりだった。砂糖一箱から八斤を抜いても、誰も気づかない。そう思った。だが、一度利益を得れば、次も同じことができる。商会側も余計な金を払わずに済むから協力した。私は財務局の公印を使い、四三一七号という存在しない番号を帳簿へ記した。財務局の確認を受けた取引だと思わせれば、商人たちは疑わない。三年間、それを繰り返した」


「エドガー・ヴァイスの兄の商会も、お前の不正で潰れたのか?」


「……そうだ。あの商会は仕入れた砂糖の量が帳簿と合わないことに気づきかけていた。だから、取引条件を厳しくした。私は別の商会へ取引を回し、あの商会には損失だけが残るようにした。結果として、商会は立ち行かなくなった」


「三年間で、どれだけの砂糖を抜いた?」


「……正確な数字までは分からない」


「分からないでは済まない。帳簿には残っている。二万四千斤だ」


「……そんなに」


「お前が小さな差だと思っていた八斤が積み重なった結果だ。数字は消えない。帳簿を書き換えても、別の帳簿に残る。金を動かせば、その記録も残る。お前は三年間、数字を隠していたつもりだったのだろうが、実際には数字を積み上げていただけだ」


 アーベルは何も言わなかった。私は扉の外へ視線を向けた。


「衛兵」


「はっ!」


「アーベル・グランツを拘束しろ」


 扉の両脇に控えていた衛兵が一斉に入ってくる。アーベルは立ち上がったが、もう抵抗する様子はなかった。


「私は子爵だぞ……」


「私は伯爵だ。爵位は関係ない。財務局の公印を不正に使用し、帳簿を改ざんし、国の取引を利用して利益を得た。その証拠はすべて揃っている」


 衛兵がアーベルの両腕を取る。


「連れていけ」


「はっ!」


 アーベルが連れ出され、扉が閉じた。私はしばらく机の上の帳簿を見つめていた。四三一七号。三十箱。千五百斤。千二百六十斤。二百四十斤。そして二万四千斤。最初に見つかったのは、わずか八斤の差だった。だが、その八斤を追ったことで、三年間続いていた不正の仕組みと、それを作り上げた黒幕の名前まで辿り着いた。アーベル・グランツ。財務局の内部にいた子爵本人が、今回の事件の中心だった。


———— 

 数日後、アーベルの執務室から三年間分の取引記録と金銭の受け渡しを記した帳簿が押収され、私が確認した証拠とも一致した。公印使用の記録、四三一七号の不存在、砂糖重量の改ざん、差額の入金先、そのすべてがアーベルの関与を裏付けていた。セレスティーナたちもマルセルを無事に王国へ送り届け、隣国で確保した資料は財務局へ届けられた。エドガーが三年間追い続けていた事件も、これで終わった。私は最終報告書へ事件の経緯を書き終え、最後にアーベル・グランツの名を記した。



「数字は嘘をつかない」


 朝の鐘が王都へ響いている。

 私は算盤の玉を一つ弾く。


「だからこそ、人間が数字をどう扱ったのかを見なければならない」


 窓の外では、今日も荷馬車が街道を進んでいる。商人たちは店を開き、人々はいつも通りの一日を始めていた。


 三年前から続いていた不正は終わった。


 私は新しい帳簿を開いた。そして、次の数字へ目を向けるのだった。

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