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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第077話 すべての帳簿が示した答えを、私は算盤で証明しますわ

 商会街を出た私は、カシアン騎士団長たちとともに、エドガー・ヴァイスが滞在しているという宿へ向かっていた。


 私たちはマルセル・オルデンを王国へ護送する途中だった。本来なら、余計な寄り道をせず街道を進むべきところだが、三年前から砂糖取引を調べているエドガーが、この商会街で原本の帳簿を探していたと分かった以上、確認せずに通り過ぎるわけにはいかなかった。


 私は馬車の窓から流れていく街並みを眺めながら、先ほど商人から聞いた話を頭の中で整理する。エドガーは三年前から砂糖の取引を追っている。そして三日前、この商会を訪れて三年前の取引に関する原本の帳簿を探していた。マルセルに取引先の一覧を渡した人物でもある。


 (偶然にしては事件との繋がりが多すぎますわ。ならば、本人に直接聞けばいい。何者なのか、何を知っているのか、なぜ三年前からこの不正を追っているのか)


 私は膝の上に置いた算盤へ指を添えた。ここまで来た以上、推測だけで答えを決めるつもりはない。証拠を一つずつ確認し、数字の繋がりから真実を探す。それが私のやり方なのですもの。


 宿の二階にある部屋の前で足を止めると、カシアン騎士団長が扉を叩いた。しばらくして内側から鍵の外れる音が聞こえ、扉がゆっくり開くと、現れたのは四十歳ほどの男だった。質素な服装で、商人らしい派手な装飾品は身につけていない。その一方で、部屋の奥に置かれた机には何冊もの帳簿が積み上げられ、紙片には細かな数字がびっしりと書き込まれている。


 男は私たちを見たあと、私の顔へ視線を移した。その表情には驚きよりも警戒が強く浮かんでいる。


  【やはり来たか。この女なら、あの帳簿の数字を見逃さないと思っていた】


 私は男の目を見返しながら、一歩だけ部屋へ入った。


「エドガー・ヴァイスですわね」


「そうだ。あなたがセレスティーナ・マッセだな」


 私はそこで足を止めた。こちらから名前を名乗ってはいない。それにもかかわらず、彼は私の名前を知っていた。カシアン騎士団長も僅かに身構えたのが分かる。エドガーは私たちの反応を見て、扉を閉めると机の上へ手を置いた。


 【警戒されるのは当然だ。だが、ここで隠し事をすれば、三年間追ってきたものがまた遠ざかる】


 私は男から目を逸らさず、問いかけてみた。


「なぜ私の名前をご存じですの?」


「三年間、砂糖の取引を追ってきた。王国側で数字を調べている人物の名前くらいは知っている」


 その答えだけでは、私の疑念は消えない。エドガーは机の引き出しから一冊の古びた帳簿を取り出し、こちらへ差し出した。表紙には長い年月を経た跡があり、端の部分には何度も開閉したような擦れが残っている。私は受け取る前に、その帳簿をじっと見つめた。三年前の砂糖取引を記録した原本なら、今回の事件を一気に進められる可能性がある。だからこそ、慎重にならなければならない。


「まず、あなたが何者なのか聞かせていただけます?」


「私は商人ではない。どこかの国の役人でもない。三年前、弟が経営していた商会が潰れたことをきっかけに、取引記録を調べ始めた」


 私は向かいの椅子へ腰を下ろした。カシアン騎士団長たちは後方に立ったまま、エドガーの動きを監視している。


『弟の商会が潰れた』


 その言葉だけなら珍しい話ではない。商売には成功も失敗もある。だが、エドガーの机に並ぶ帳簿の数は、その失敗が単なる経営不振ではなかったことを物語っていた。


「弟さんの商会も砂糖を扱っていたのですか?」


「そうだ。そして、マルセル・オルデンの商会と同じ目に遭った」


【あの時、弟は数字がおかしいと言っていた。私はもっと早く信じるべきだった】


 その表情を見て、私は彼が三年間この事件を追ってきた理由を少しだけ理解した。身内の商会を潰した不正を調べるために、彼は取引先を一つずつ辿ったのだろう。そして、その過程でマルセルへ行き着いた。


「一箱五十斤と記録された砂糖が、実際には四十二斤しかない。そんな取引が何度も続いていた。それを調べているうちに、同じ商会の名前が何度も出てきた」


「それで、三年間も追っていたのですね」


「そうだ。だが、証拠が足りなかった」


 私はエドガーから帳簿を受け取る。古い紙を指先でめくると、三年前の日付とともに砂糖の取引が細かく記録されている。


 取引先、数量、重量、金額。その一つ一つを確認していくうちに、私はある数字の並びで指を止めた。三十箱、千五百斤。一箱五十斤。間違いない。私は先ほど隣国の商会で確認した帳簿を取り出し、同じ取引を並べてみた。そこには三十箱、千二百六十斤と記録されている。一箱四十二斤。私は算盤を取り出し、二つの数字を並べて玉を弾く。


 (五十から四十二を引けば八。八斤に三十箱を掛ければ二百四十斤。これは計量の誤差ではありませんわ。同じ差が繰り返されているのなら、最初から八斤を抜くことを前提に取引されていたのです)


「こちらの原本では三十箱、千五百斤。一箱五十斤ですわ」


「それが本当の重量だ」


「そしてこちらの帳簿では三十箱、千二百六十斤。一箱四十二斤になっています」


「そうだ。二百四十斤が消えている」


 カシアン騎士団長が二冊の帳簿を見比べ、険しい表情を浮かべている。


 【同じ取引なのに、数字が違いすぎる。しかも差額が一定なら、誰かが意図的に数字を変えている】


 私は二つの帳簿を机へ並べ見比べる。


 原本には財務局の印がない。それは当然だった。商会同士が交わした取引記録なのだから、財務局の正式な印を押す必要などない。ところが、偽帳簿には財務局の印が押されている。しかも、私が財務局へ所属する前の日付で、私の名前まで記載されている。私は印影へ顔を近づけ、その細部を確認した。円形の縁にある小さな欠け、中央の文字の一部がわずかに潰れている箇所まで、財務局で実際に使われている公印と一致している可能性がある。だが、印影が似ているだけでは証拠として弱い。本物の印を使ったのなら、必ず使用記録が残る。私は偽帳簿を閉じると、エドガーへ視線を向けた。


「この印について、何か記録はありませんか?」


「印そのものは調べていない。だが、三年前の取引に関係する書類なら集めている」


「見せてくださいませ」


 エドガーは机の奥から紙束を取り出してきた。三年前の取引先、商会間で交わされた書類、財務局へ提出されたとされる書類の控えまで、一枚ずつ整理されている。私はその中から財務局に関係する記録だけを抜き出した。財務局で公印を使用した場合、使用日、使用者、使用目的、押印した文書の番号が記録される。公印を扱える者は限られている。だからこそ、その記録を辿れば、印を使った人物へ近づけるはずだ。


「財務局には、公印使用簿がありますわ」


「公印使用簿?」


「ええ。公印を使った者と、その目的を記録する帳簿です。さらに、押印した正式文書には番号が付けられますわ」


 私は持参していた記録の写しを開き、三年前の該当する日付まで頁をめくった。そして、ある名前の前で指を止める。


「……アーベル・グランツ子爵」


 エドガーの表情が変わった。


 【財務局の内部に、三年前の取引を知る人物がいたのか】


 カシアン騎士団長も私の手元へ視線を落とす。私は名前だけで判断せず、その横に記された項目を一つずつ確認した。使用日は三年前の取引が行われた時期と重なっている。使用目的は『砂糖輸送に関する照会書』。そして、その右側には四桁の文書番号が記されていた。


「四三一七号……」


「その番号が何か?」


 私は偽帳簿を開き、右上に記された番号を示した。


「こちらにも、同じ番号がありますわ」


 カシアン騎士団長が二つの記録を見比べる。


 公印使用簿には四三一七号。

 偽帳簿にも四三一七号。


 私はそれだけで結論を出さず、さらに別の記録を取り出した。財務局の正式文書は番号順に管理されている。四三一六号と四三一八号が存在するなら、その間にある四三一七号も、本来なら存在しなければならない。私は記録を指で追った。四三一六号、四三一八号、四三一九号。だが、四三一七号だけが見つからない。保管記録にもない。廃棄記録にもない。別分類の帳簿にもない。存在するはずの文書だけが、どこにも存在していなかった。


「……ありませんわ」


「何がだ?」


「四三一七号の正式文書ですわ。公印使用簿には、アーベル・グランツ子爵が四三一七号の文書へ公印を押した記録があります。ところが、財務局の文書保管記録には四三一七号が存在しませんわ」


 私は公印使用簿と偽帳簿を机へ並べた。


「つまり……公印を押したと記録されているのに、その文書そのものがない?」


「えぇ。そして、その存在しない番号が、この偽帳簿には残っています」


 部屋の空気が張り詰めた。私は偽帳簿の印影へ指を置き、それから公印使用簿へ視線を移す。アーベルが公印を使用した記録。使用目的。四三一七号という文書番号。その番号を持つ正式文書が存在しない事実。そして、同じ番号を持つ偽帳簿。これで少なくとも、公印が不正な帳簿を本物らしく見せるために利用された可能性は極めて高い。だが、私はまだアーベル本人を犯人だとは断定できない。公印を使った記録と偽帳簿を作った証拠は、同じではない。そこを混同すれば、調査を誤ることになる。


「では、その人物が偽帳簿を作ったのか?」


「まだ断定できませんわ」


「これだけ揃っていてもか?」


「えぇ。ですが、財務局の内部にいる人物が、公印を使った記録が残っている。それだけでも重大ですわ。そして、その使用記録にある文書番号が、存在しない正式文書の番号であり、同じ番号が偽帳簿に使われている。この証拠は、王都へ送る価値があります」


 私は資料を一枚ずつ揃え、封筒へ収める。私たちはマルセルの護送中であり、この場で調査を続けるために王都へ引き返すわけにはいかない。ならば、証拠を先に送ればいい。財務局長ゼノス・ヴァン・クライン伯爵なら、公印使用簿の原本と文書保管記録を直接確認できる。私が手元に持っているのは写しに過ぎない。王都にいるゼノス伯爵へ早馬を飛ばし、財務局内部でしか確認できない資料を照合してもらう。それが今の私たちにできる最も確実な方法だった。


「カシアン騎士団長」


「何でしょう?」


「この証拠を、財務局長ゼノス・ヴァン・クライン伯爵へ届けてくださいませ」


「また早馬を飛ばすのですか?」


「えぇ。私たちは護送任務を続けます。王都へ戻る必要はありませんわ」


 私は封筒へ封蝋を施した。今回の封筒には、公印使用簿の該当箇所、四三一七号の記録、財務局の文書保管記録、そして偽帳簿の該当頁を写した資料を入れてある。証拠を一つにまとめれば、途中で内容を抜き取られた場合にも分かるようになる。私は封蝋の表面を確認してから、騎士団長へ差し出した。カシアン騎士団長は封筒を受け取り、すぐに部下へ命じる。ほどなくして一人の騎士が宿の外へ出て、用意された馬へ跨った。私は窓からその姿を確認しながら、最後の指示を伝えた。


「ゼノス伯爵本人へ直接渡してくださいませ。他の財務局員へ預けてはいけませんわ」


「承知しました!」


 これで王都へ戻らなくても、財務局では調査を進められ、私たちはマルセルの護送を続ける。その一方で、ゼノス伯爵には公印を巡る証拠を確認してもらう。役割を分ければいい。


「エドガーさん。三年前の取引記録を、もう少し見せていただけますか?」


「まだ調べるのか?」


「もちろんですわ。早馬はもう出ました。ならば、私たちは私たちの仕事を続けるだけですもの」


 私は帳簿を開き、五十斤と四十二斤という数字をもう一度並べる。

 八斤の差。

 それが三十箱なら二百四十斤になる。だが、この取引は一度だけではない。ならば、隠された利益も一度だけではないはずだ。


 私は算盤の玉を弾き、次の頁へ指を滑らせていく。


 王都ではゼノス伯爵が公印の記録を調べる。こちらでは私が砂糖の流れを追う。別々の場所で追った数字が、最後には一つの答えへ繋がるはずだ。窓の外では、護送隊が出発の準備を進める音が聞こえている。私は帳簿を閉じ、立ち上がった。任務を止める必要はない。証拠だけを先に届ければいい。数字は嘘をつかない。ならば私は、数字が残した痕跡を最後まで追えばいい。


「行きましょう。マルセルの護送を続けますわ」


「分かりました」


 私たちには私たちの任務がある。財務局の印を使った人物が誰なのかも、四三一七号が何だったのかも、まだ答えは出ていない。だからこそ、私は歩みを止めなかった。帳簿の数字へ指を置き、胸の中で一つだけ言葉を繰り返す。


「数字は嘘をつきませんわ」


 そう、呟いたのだった。

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