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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第076話 隣国の商会街で、私は帳簿の裏側を探りますわ

 昼を少し過ぎた頃、私たちは隣国の商業都市へ入っていた。王国とは違う石造りの建物が街道沿いに並び、軒先には見慣れない文字で商会名が掲げられている。香辛料や布地を積んだ荷車が行き交い、商人たちの呼び声が通りのあちこちから聞こえてくる。


 私は馬車の窓から街並みを眺めながら、膝の上に広げたマルセルの資料と、隣国側で確認した取引記録を照らし合わせていた。国境を越えたことで分かった事実は増えていく。それでも、三年前から続く取引の一部だけが、異様なほど規則正しく同じ商会を経由していることが気にかかる。


 アルベルト商会は荷物を受け取った側として記録されていたが、その前段階には別の商会が存在している。その商会を辿れば、三年前に始まった不自然な取引へ行き着くはずだった。


「セレスティーナ卿、目的の商会はこの先です」


 向かいに座るカシアン騎士団長が、馬車の窓から前方を確認した。


「アルベルト商会ですか?」


「いえ。帳簿に何度も名前が出てきた商会です。昨日の資料にあった住所とも一致しています」


「そうですの」


 ここへ来るまで、何度も同じ名前を目にしている。アルベルト商会は王国から運ばれた荷物を受け取った商人として記録されているが、その取引には必ず別の商会が関わっている。そして、その商会の名前が三年前の取引記録にも残されていた。


 (ここまで同じ名前が繰り返されるなら、偶然で済ませるわけにはいきませんわね)


 私は窓の外へ目を向ける。やがて通りの先に、資料へ記されていた商会の看板が見えてきた。


「到着しても、すぐに乗り込まないでくださいませ」


「理由を伺っても?」


「私たちが王国から来たと知られれば、帳簿を隠される可能性がありますわ」


「では、どうするおつもりで?」


「まず、普通の商取引として話を聞きます」


「商人として訪ねるのですか?」


「私ではありませんわ」


 私は向かいに座る若い騎士へ目を向けた。突然視線を向けられた彼は背筋を伸ばし、戸惑ったように自分を指差した。


「わ、私ですか?」


「ええ。あなたには荷主役をお願いしたいのです」


【なぜ私が……。商人との交渉など、まともにしたことがないぞ】


「私ですか?」


「簡単な質問をしますから、荷物の買い付けに来たという設定でお願いしますわ」


「分かりました!」


【失敗するな。普通に話せばいいだけだ】


 彼の返事に力が入りすぎたため、カシアンが小さく息を吐いた。私は思わず口元を緩める。こういう場面では、商売に慣れた人物より、純粋な買い手を演じてもらった方が相手の警戒を招きにくい場合もある。馬車が目的の通りへ入ると、私は窓の外へ視線を向けた。大きな倉庫が並ぶ通りの中央に、三階建ての建物が建っている。入口の看板には、資料に記されていた商会名が刻まれていた。


「ここですわね」


 馬車が止まり、私たちは商会の建物へ入っていく。店内には木箱や布袋が積まれ、奥では数人の商人が帳簿を片手に話をしている。私たちを見ると、三十代ほどの男がこちらへ近づいてきた。


「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう?」


「砂糖を扱っていると伺いましたの」


「はい。王国からの品も取り扱っております」


「王国から、ですの?」


「えぇ。最近は量も増えております」


「それは結構なことですわね。では、一袋五十斤ほどの品を三十箱お願いしたいのですが」


「五十斤を三十箱ですか。それなら三千銀貨になります」


「五十斤を三十箱で、ですわね?」


「はい」


「では、一箱はいくらですの?」


「百銀貨です」


「そうですか」


「少しおかしいですわね」


「……何がでしょう?」


【しまった。どこを見られた?】


 男の表情から、商人らしい笑みが僅かに消えた。


「一箱五十斤なら、三十箱で千五百斤になりますわ」


「えぇ」


「ですが、こちらの帳簿に記載されている最近の入荷量は、三十箱で千二百六十斤になっています」


【なぜ分かった? この帳簿を見ただけで、四十二斤という数字まで計算したのか?】


「……よくお気づきになりましたね」


「単純な計算ですもの」


 私は帳簿から顔を上げた。千二百六十斤を三十箱で割れば、一箱あたり四十二斤になる。マルセルが話していた数字と完全に一致していた。(やはり同じですわ。三年前の王国側の記録と、この商会の記録は繋がっている)偶然なら一度だけでもおかしくない。だが、三十箱すべてが同じ数量で記録されているなら、これは偶然ではない。


「あなたは何者です?」


「ただの買い手ですわ」


「ただの買い手が、そこまで帳簿を見ますか?」


「商売をするなら、数字を見るのは当然ではありませんか?」


 男は答えない。私はその沈黙を利用して、さらに帳簿へ視線を落とす。入荷日、数量、仕入先、販売先。その並びを追っていくと、三年前の冬から同じ形式の取引が続いている。そして、そのほとんどに共通して記載されている名前があった。


「こちらの商品は、王国から直接仕入れているのですか?」


「……複数の商会を経由しています」


「その中に、アルベルト商会は?」


「あります」


「他には?」


「それをお客様に申し上げる必要が?」


「ありませんわ。ですから、こちらから確認いたしますの」


 男が一瞬だけ視線を逸らした。その先には、店の奥にある小さな扉があった。


【見られた……。あの奥だけは駄目だ】


「カシアン騎士団長」


「はい」


「奥の扉を確認していただけます?」


「承知しました」


「お待ちください! そこには商品しかありません!」


「でしたら、確認しても問題ありませんわね? 商品しかないのでしょう?」



【どうする。ここで止めなければ、あの箱まで見つかる】


 カシアンが扉を開く。奥には砂糖の袋や木箱が積まれていたが、その一番奥に、他とは明らかに違う細長い箱が置かれていた。カシアンが箱へ手を伸ばした瞬間、男の顔色が変わった。


「それには触らないでください!」


「どうしてです?」


「それは……」


「中身を見せていただけますか?」


「……お断りします」


「では、理由を伺いますわ」


「私にも守らなければならないものがあるんです!」


「家族ですか?」


【家族まで知られているのか……】


「そのようですわね」

 

 私はその反応を見つめながら、箱へ視線を移した。ここで無理に開ければ、この男を追い詰めることになる。必要なのは箱の中身だけではない。誰が、なぜ、この男に箱を預けたのか。それを知る必要があった。


「分かりましたわ。今は開けません」


「……えっ?」


「その代わり、質問に答えてくださいませ」


「何を?」


「この箱を最後に持ってきた人物の名前を」


「……エドガーです。エドガー・ヴァイス」


 マルセルから聞いた名前だった。


 私は思わず資料を握り直してしまった。

 エドガー・ヴァイス。三年間、古い取引を調べ続け、マルセルへ取引先の一覧を渡した人物。その人物が、なぜこの商会へ箱を運んでいるのか。味方なのか、それとも別の目的を持っているのか。まだ判断できない。


 (ですが、少なくとも彼が三年前の取引を追っていることだけは確かですわ)


「いつ来て、何を話しました?」


「三日前、昔の取引について聞かれました」


「具体的には?」


「三年前の砂糖取引です」


「それ以外には?」


「古い帳簿を探していると言っていました」


「どの帳簿です?」


「三年前の取引を全部記録した、原本だそうです」


(偽帳簿があるなら、それを作る前の記録も存在するはずですわ。数字を書き換えた者がいるなら、書き換える前の数字が残っている可能性がある。そしてエドガーは、それを探している)


「その原本は、どこにあると?」


「分かりません。ただ、エドガーは……」


「何ですの?」


「この商会には、まだ残っているかもしれないと言っていました」


 私はゆっくりと店内を見回す。積み上げられた木箱、その奥に並ぶ棚、閉ざされた扉。ここには商品だけではなく、過去の取引記録も残されている可能性がある。


「カシアン騎士団長」


「はい」


「この商会を守ってくださいませ」


「『守る』というのは?」


「帳簿と箱、それからここにいる全員ですわ。誰も逃がさないでくださいませ。ただし、まだ誰も犯人とは決めつけません」


「承知しました」


「私は別の場所へ行きますわ」


「どちらへ?」


「エドガー・ヴァイスを探します」


 通りの外では、夕方へ向かう鐘が鳴り始めていた。商人たちが店を閉める音が石畳へ響き、馬車の車輪が遠ざかっていく。私は資料を懐へしまい、商会の扉へ向かった。


 

 三年前の砂糖取引。五十斤と記録された荷物。実際には四十二斤しかない貨物。廃業したマルセルの商会。王国側に残された偽帳簿。隣国側の不自然な記録。そして、エドガー・ヴァイス。


(ここまで数字が繋がっているなら、必ず元になる記録がありますわ)


 「数字が残っている限り、私は追えますわ。今度は、人を追う番ですわね」


 そう言いながら、夕暮れの街へ出たのだ。

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