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搾取令嬢は二度と騙されない ~嘘を見抜く左目で、すべてを取り戻します~  作者: 第三ひよこ丸


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第075話 消えた商会主を救い、隣国への道を再び進みますわ

 私はカシアン騎士団長と数名の騎士を連れ、町外れにある古い倉庫へ向かっていた。マルセル・オルデンが昨夜から姿を消していると知った以上、まず本人を見つける必要がある。


 私の名前を使った偽帳簿、財務局の印、廃業した商会の名前を使った取引書類。それらが偶然に重なったとは考えにくい。さらに、マルセルが消える直前に誰かと接触していたという話まである。

 考えるべきことは多いが、今は一つずつ確かめればいい。

 やがて倉庫の前へ着くと、先を歩いていた騎士が地面を指差している。湿った土には新しい車輪の跡が残っている。私はしゃがみ込み、その跡の深さを確かめた。


「この車輪跡は、昨夜ついたものですわね」


「はい。雨が上がった後についた跡と思われます」


「では、この倉庫へ誰かが何かを運び込んだ可能性がありますわ」


「中を確認いたしましょう」


「ええ。ただし、急いではなりません。中に誰かいるなら、こちらの人数を知られない方がよろしいですわ」


 カシアンが騎士たちへ合図を送ると、二人が倉庫の左右へ回っていく。扉には鍵が掛かっていたが、鍵穴には新しい傷がある。誰かが無理に開けたのだろう。私は扉へ耳を近づけた。中から物音は聞こえない。


 カシアンが目で合図をすると、騎士が静かに鍵を壊す。扉が開いた瞬間、冷えた空気と木材の匂いが流れてくる。松明の明かりを向けると、積み上げられた木箱の向こうに人影が見えた。

 私はすぐに騎士へ止まるよう手で合図する。人影は倒れており、近づいて確認すると、両手を縄で縛られた男が木箱の陰に横たわっていた。顔には殴られた跡があり、衣服も泥で汚れている。私は報告されていた人物の特徴を思い出し、男の前へしゃがみ込んだ。


「あなたがマルセル・オルデン殿ですの?」


「……誰だ」


「まずは縄を切りますわ。話はそれからにいたしましょう」


 騎士が縄を切ると、男は自由になった手首を押さえながら上体を起こした。渡された水を一気に飲み、何度か咳き込んでから、周囲の騎士を警戒するように見回している。

 私はその様子を見て、いきなり質問を重ねるのはやめた。目の前の男は、長時間拘束されていたうえに殴られている。まず安心させなければ、必要な話を聞くことも難しい。私は少し距離を取って立ち、改めて自分の身分を伝えた。


「私は王国財務局のセレスティーナ・マッセですわ」


「財務局……?」


「えぇ。あなたの商会の名前が使われた書類が見つかりましたので、確認するために参りましたの」


「俺の商会は、もう三年前に潰れた」


「承知しておりますわ。だからこそ、妙なのです」


「……あんたは、俺を疑っているのか?」


「まだ何も決めておりません。ですから、あなたから話を聞きたいのですわ」


 マルセルは私を見つめた。どうやら私とは面識がないらしい。私はそれを当然だと思った。彼が商会を営んでいた頃、私はまだ財務局に関わっていなかっただ。こちらが彼の名前を知っていても、彼が私を知っている理由はない。やがてマルセルは小さく息を吐き、毛布を肩へ掛け直した。


「昨夜、二人の男が家へ来た」


「何と言っていましたの?」


「昔の取引について聞きたいと言われた」


「三年前の取引ですわね?」


「そうだ。俺が商会を閉める前の話だ」


「それで、あなたは連れていかれた」


「ああ。目隠しをされて、ここへ運ばれた」


「なぜ殺されなかったのでしょう?」


「分からない。ただ、何度も同じことを聞かれた。帳簿をどこへ隠したのか、誰に渡したのか、そればかりだ」


 何かおかしい。帳簿を探しているなら、彼が何かを知っている可能性は高い。私は手帳を開き、三年前という数字を書き込んでいく。

 偽帳簿に使われていた商会名も三年前に廃業している。今回の荷物に使われた書類も、その商会名義だった。ここまで一致するなら、マルセルが知っている過去の取引を確かめる必要がある。


「あなたの商会では、砂糖を扱っていましたわね?」


「そうだ」


「当時、数量の合わない荷物はありませんでしたの?」


「……あった」


「どれほどです?」


「五十斤と書かれているのに、届いた荷物は四十二斤しかない。最初は間違いだと思った」


「ですが、一度ではなかった」


「何度もあった」


 私は手帳へ数字を書き込んだ。八斤の差。今回見つかった荷物と同じだ。偶然ならば、ここまで同じ数字が続く理由はない。私は顔を上げ、マルセルの表情を見た。彼は苦い顔をしている。三年前に商会を失った理由も、そこにあるのだろう。


「その差額は、どこへ消えていたのです?」


「金に換えられていた」


「誰が?」


「分からない」


「調べようとは?」


「調べたさ。だが、帳簿を見せてほしいと言った途端、取引相手が変わった。次の月には、別の商会から仕事を奪われた」


「それで商会を?」


「閉めた。続けていたら、家族まで巻き込まれると思ったからだ」


 数字の差は小さく見えても、商会を一つ潰すほど積み重なれば話は変わる。私は今回の荷物を思い出した。三十箱で二百四十斤の差が出ていた。これが一度だけなら大きな不正で終わる。しかし、同じ仕組みが何年も続いていたのなら、動いている金額はもっと大きいはずだ。


「では、廃業した後も商会の名前が使われていることをご存じでしたの?」


「知らなかった。俺は関わっていない」


「そうでしょうね。あなたが今も関わっているなら、わざわざ隠れて暮らす必要はありませんもの」


「……あんた、俺を信じるのか?」


「信じるとは申しませんわ。今の話に嘘があるかどうか、これから確かめます」


 私の言葉にカシアンが小さく頷いて同意する。早急にマルセルを王都へ送る必要がある。ここに残せば、再び狙われる可能性があるからだ。ただし、その前に一つだけ確認しておきたいことがあった。


「マルセル殿。昨夜、誰かと会っていませんでしたか?」


「……一人、会った」


「どなたですの?」


「エドガー・ヴァイスという男だ」


「何のために?」


「昔の取引について話すためだ。あいつは三年前から、この件を調べている」


「あなたへ何か渡しましたの?」


「紙を一枚」


「今も持っていますか?」


 マルセルはしばらく迷った後、服の内側へ手を入れた。取り出したのは、何度も折り畳まれた紙だった。私は受け取る前に、そこへ何が書かれているのかを尋ねた。


「何が記されていますの?」


「三年前からの取引先だ。俺が調べた分だけだが、誰がどこへ荷を送っていたか書いてある」


 受け取った紙を松明の明かりへ近づけると、商会名と日付が並んでいる。その中には、今回見つかった荷物に使われた名前もあった。さらに届け先には、隣国側の商人と思われる名前まで記されている。私は紙を折り直し、手帳へ挟んだ。


「この資料は預かりますわ」


「それがあれば、俺はもう狙われないのか?」


「むしろ逆ですわ。これだけの情報があるなら、あなたを王都へ送る必要があります」


「俺は罪人なのか?」


「いいえ。だからこそ、あなたの証言を正式に残すのです」


 マルセルは納得した様子ではなかったが、反論もしなかった。カシアンが騎士へ指示を出し、王都へ向かう馬車の準備を始める。

 私は倉庫の外へ出た。宿場町で起きたことは、ここで一度区切りをつける。商人を捕らえ、マルセルを見つけ、隠されていた取引の一端も手に入れた。だが、隣国へ続く道の先には、まだ確認していないものがある。私は街道の先を見ながら、カシアンへ声をかけた。


「騎士団長。明朝、予定通り出発いたしますわ」


「隣国へ向かうのですな?」


「えぇ。マルセル殿と押収した書類は王都へ送ります。私たちまで戻る必要はありませんもの」


「危険ではありませんか?」


「危険だからこそ、護送隊を止める理由にはなりませんわ」


「承知しました。では、今夜のうちに出発の準備を整えます」


 私は頷き、馬車へ戻る。座席へ腰を下ろすと、昼間から調べていた帳簿を開く。紙の上にはいくつもの数字が並んでいる。その数字を一つずつ追っていくと、同じ商会名が何度も現れた。廃業したはずの商会が、別の場所で取引を続けている。そこには隣国へ向かう荷も含まれている。私は指でその名前をなぞりながら、これが隣国へ向かう理由をさらに強くする証拠だと考えた。


「本当に数字は嘘をつきませんわね」


「何か分かりましたか?」


「えぇ。少なくとも、今回の件はローデン宿場町だけで終わる話ではありません」


「やはり隣国へ繋がっていると?」


「その可能性が高いですわ。ですから、予定を変える必要はありません」


 私は帳簿を閉じた。夜の街道を馬車が進み始めるのは、まだ先だ。明日の朝には、私たちは再び隣国へ向かう。宿場町で拾い上げた証拠を手元へ残しながら、私は次に確認すべき数字を頭の中で整理していた。


【マルセルが生きていたのは幸運だった。あいつが話した内容を聞けば、三年前から続いていた取引の一部が明らかになる。だが、俺にはまだ分からないことがある。なぜ財務局の人間の名前まで使っているのか。そして、なぜ隣国へ荷を流しているのか。】


【セレスティーナ卿は、もう隣国へ向かうつもりでいる。普通なら一度王都へ戻ってから調べるところだろう。だが、この方は数字を見つければ、その先まで確かめようとする。俺たち騎士団は、今までこの方が何を見つけるのかを見てきた。今回も、きっと何かを見つけるのだろう。】


 私は窓の外へ目を向けた。宿場町の明かりが遠ざかっていく。ここで起きた騒ぎは終わった。捕らえた商人も、救出したマルセルも、押収した書類も、それぞれ王都へ送られる。私たちは予定通り隣国へ向かう。私は膝の上の帳簿を閉じ、明日の出発に備えて目を休めることにした。


「さて、明日は国境へ向かいますわ」


 隣国への街道は、まだ暗い夜の向こうへ続いている。この事件の闇と同様に。

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